知財高判平成30年5月24日、平成29年(行ケ)第10129号
◆判決本文
特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。また,発明の詳細な説明は,「発明が解決しようとする課題及びその解決手段」その他当業者が発明の意義を理解するために必要な事項の記載が義務付けられているものである(特許法施行規則24条の2)。以上を踏まえれば,サポート要件の適否を判断する前提としての当該発明の課題についても,原則として,技術常識を参酌しつつ,発明の詳細な説明の記載に基づいてこれを認定するのが相当である。かかる観点から本件発明について検討するに、本件明細書の発明の詳細な説明…の記載からすれば,本件発明は,「コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供すること」それ自体を課題とするものであることが明確に読み取れるといえる。…
確かに,発明が解決しようとする課題は,一般的には,出願時の技術水準に照らして未解決であった課題であるから,発明の詳細な説明に,課題に関する記載が全くないといった例外的な事情がある場合においては,技術水準から課題を認定するなどしてこれを補うことも全く許されないではないと考えられる。しかしながら,記載要件の適否は,特許請求の範囲と発明の詳細な説明の記載に関する問題であるから,その判断は,第一次的にはこれらの記載に基づいてなされるべきであり,課題の認定,抽出に関しても,上記のような例外的な事情がある場合でない限りは同様であるといえる。したがって,出願時の技術水準等は,飽くまでその記載内容を理解するために補助的に参酌されるべき事項にすぎず,本来的には,課題を抽出するための事項として扱われるべきものではない(換言すれば,サポート要件の適否に関しては,発明の詳細な説明から当該発明の課題が読み取れる以上は,これに従って判断すれば十分なのであって,出願時の技術水準を考慮するなどという名目で,あえて周知技術や公知技術を取り込み,発明の詳細な説明に記載された課題とは異なる課題を認定することは必要でないし,相当でもない。出願時の技術水準等との比較は,行うとすれば進歩性の問題として行うべきものである。)。
1.概要
本件は、発明の名称を「米糖化物並びに米油及び/又はイノシトールを含有する食品」と題する発明について、発明の課題を「本件発明1の課題は…具体的には,実施例1-1のライスミルクに比べてコク(ミルク感),甘味及び美味しさについて優位な差を有するものを提供することであ(る)」と具体的・限定的に捉えてサポート要件違反とした取消決定に対し、「サポート要件の適否を判断する前提としての当該発明の課題についても,原則として,技術常識を参酌しつつ,発明の詳細な説明の記載に基づいてこれを認定する」べきであり、出願日当時の技術水準から課題を認定することが許されるのは「発明の詳細な説明に,課題に関する記載が全くないといった例外的な事情がある場合」に限られるという一般論を述べた上で、本件事案の結論として、発明の詳細な説明の記載から、本件発明は、「コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供すること」それ自体を課題とするものであることが明確に読み取れるといえる」と、抽象的・非限定的な課題を認定し、サポート要件を満たすとして、特許取消決定を取り消した事例である。
本判決は、サポート要件の判断と、進歩性判断における発明の課題との関係について、「記載要件の適否は,特許請求の範囲と発明の詳細な説明の記載に関する問題であるから,その判断は,第一次的にはこれらの記載に基づいてなされるべきであり,課題の認定,抽出に関しても,上記のような例外的な事情がある場合でない限りは同様であるといえる。したがって,出願時の技術水準等は,飽くまでその記載内容を理解するために補助的に参酌されるべき事項にすぎず,本来的には,課題を抽出するための事項として扱われるべきものではない」と判示し、サポート要件を判断する際には発明の詳細な説明の記載に基づいて課題を認定すべきことを述べたうえで、更に「換言すれば,サポート要件の適否に関しては,発明の詳細な説明から当該発明の課題が読み取れる以上は,これに従って判断すれば十分なのであって,出願時の技術水準を考慮するなどという名目で,あえて周知技術や公知技術を取り込み,発明の詳細な説明に記載された課題とは異なる課題を認定することは必要でないし,相当でもない。出願時の技術水準等との比較は,行うとすれば進歩性の問題として行うべきものである。」と判示して、サポート要件と進歩性とで発明の課題が別異に解され得ることを正面から認めた。(もっとも、本判決においては、進歩性が争点となっておらず、判断されていないため、サポート要件と進歩性とで発明の課題を別異に認定したわけではなく、理論的な話を傍論で述べたものである。)
本判決のように、サポート要件と進歩性とで発明の課題が別異に解され得ることを正面から認めた裁判例は過去に見当たらないことから、実務家としては注意が必要である。(本判決に先立つ知財高裁(大合議)平成28年(行ケ)第10182号「ピリミジン誘導体」事件判決が、「サポート要件を充足するか否かという判断は,上記の観点から行われるべきであり,その枠組みに進歩性の判断を取り込むべきではない。」と判示した点は、本判決と一脈通ずるところがあろう。)
2.サポート要件を判断する際に、発明の課題を明細書中の一般的記載部分よりも具体的・限定的に捉えてサポート要件違反とした裁判例は、多数存在する。特に、平成27年末~平成29年秋にかけての2年半は、知財高裁4ヵ部においてサポート要件の判断が厳しく、課題の認定が、進歩性判断と同じく具体的・限定的になされる事案が散見された。以下に、幾つかの具体例を示す。
このようなサポート要件を厳しく見る裁判例の潮流が、最近少し揺り戻しているという意見が聴かれるが、本判決も揺り戻しの一環であると期待できるかもしれない。
知財高判平成28年(行ケ)第10042号「潤滑油組成物」事件
「数値範囲の下限値により近いような『潤滑油基油』であっても,本願発明の課題を解決できることを示す…出願当時の技術常識の存在を認めるに足りる証拠はない。…本願発明は,特許請求の範囲において,『本発明に係る潤滑油基油成分』の含有割合が『基油全量基準で10質量%~100質量%』であることを特定するものである以上,当該数値の範囲において,本願発明の課題を解決できることを当業者が認識することができなければ,本願発明はサポート要件に適合しない…。…原告の上記主張は,比較例3と比べて,少しでも本願発明の課題に関連する物性が改善したものは全て,本願発明の課題を解決できることを前提とするものと解されるが,…本願発明の課題を解決できるというためには,…比較例1ないし3で代表される従来の技術水準を超えて,実施例1ないし6と同程度に優れたものとなることが必要である…。」
⇒比較例と比べて、課題に関連する物性が少し改善しただけでは、課題解決×。(本件と従来技術との実質的な関係が似ている。)
知財高判平成27年(ネ)第10114号「医療用ガイドワイヤ」事件
「…Au及びSn以外の元素の有無や各成分の含有量を特定しない場合においても,当業者が,本件発明の課題解決のために必要なAu-Sn系はんだの固着強度,すなわち,コアワイヤに対するコイルスプリングの固着強度が,コアワイヤの遠位端側小径部の引張破断強度より高い,又はAg-Sn系はんだによって固着する場合と比較して2.5倍程度であることを認識し得るということはできない…。…発明の詳細な説明の記載を踏まえると,本件発明の『Au-Sn系はんだ』については,その発明の課題解決のため,『Ag-Sn系はんだ』との比較において固着強度が単に相対的に高いというだけでは十分ではなく,…固着強度が,コアワイヤの遠位端側小径部の引張破断強度より高い,又は,Ag-Sn系はんだによって固着する場合と比較して2.5倍程度であることを要すると解される。」
⇒明細書中に、「固着強度が高く」という一般的な課題の記述もあったが、発明の課題を解決できる基準を数値(固着強度が従来技術の2.5倍)で認定されて、サポート要件×。
知財高判平成27年(ネ)第10010号「強磁性材スパッタリングターゲット」事件
「…定性的には,球形の合金相(B)中にCrの濃度が低い領域と高い領域の存在により生じた濃度変動があれば,あるいは,球形の合金相(B)中に析出物としてCrが存在すれば,ターゲットの透磁率は低くなると解することは可能であるものの,球形の合金相(B)が存在するだけで,漏洩磁束をどの程度高められるかについては明らかではなく,必要とする程度に漏洩磁束を高めるには,球形の合金相(B)のCrの濃度変動の程度をも考慮せざるを得ないというべきである。本件訂正は,球形の合金相(B)内においてCrの濃度変動があることを特定するものの,その濃度変動の程度を特定するものではない。…当業者が本件訂正発明2の課題を解決できると認識できる範囲のものということはできない。…」
⇒「必要とする程度に漏洩磁束を高める」ことが課題と認定されて、サポート要件×。
知財高判平成28年(行ケ)第10147号「トマト含有飲料」事件
「『甘み』,『酸味』及び『濃厚』という風味の評価試験をするに当たり,糖度,糖酸比及びグルタミン酸等含有量を変化させて,これら三つの要素の数値範囲と風味との関連を測定するに当たっては,少なくとも,①『甘み』,『酸味』及び『濃厚』の風味に見るべき影響を与えるのが,これら三つの要素のみである場合や,影響を与える要素はあるが,その条件をそろえる必要がない場合には,そのことを技術的に説明した上で上記三要素を変化させて風味評価試験をするか,②『甘み』,『酸味』及び『濃厚』の風味に見るべき影響を与える要素は上記三つ以外にも存在し,その条件をそろえる必要がないとはいえない場合には,当該他の要素を一定にした上で上記三要素の含有量を変化させて風味評価試験をするという方法がとられるべきである。」
⇒発明の課題は、①甘味、②トマトの酸味抑制、③濃厚な味わいであり、数値範囲の下限でも課題(③)を解決できると認識できないとして、サポート要件×。
⇒「グルタミン酸及びアスパラギン酸の含有量の合計が0.36~0.42重量%」という構成要件について、「グルタミン酸及びアスパラギン酸が旨味成分であることは技術常識」とする拒絶理由に対し、他の構成要件と相俟って課題①②及び③を意見書で主張して、特許査定を得た。⇒進歩性判断と「課題」の平仄が合っている。
3.均等論第1要件との関係
知財高裁大合議平成27年(ネ)第10014号「マキサカルシトールの製造方法」事件判決は、均等論第1要件について、「本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載に基づいて,特許発明の課題及び解決手段(特許法36条4項,特許法施行規則24条の2参照)とその効果(目的及び構成とその効果。平成6年法律第116号による改正前の特許法36条4項参照)を把握した上で,特許発明の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が何であるかを確定することによって認定されるべきである。」と判示しており、記載要件との密接な関連性を前提としている。
続いて、同大合議判決は、「すなわち,特許発明の実質的価値は,その技術分野における従来技術と比較した貢献の程度に応じて定められることからすれば,特許発明の本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載,特に明細書記載の従来技術との比較から認定されるべきであ…る。ただし,明細書に従来技術が解決できなかった課題として記載されているところが,出願時(又は優先権主張日。…)の従来技術に照らして客観的に見て不十分な場合には,明細書に記載されていない従来技術も参酌して,当該特許発明の従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が認定されるべきである。」と判示しており、明細書の記載が不十分な場合にのみ明細書に記載されていない従来技術も参酌できるとした点も、本判決に通ずるものがある。
このような他の裁判例との関係を勘案すると、本判決は、サポート要件を判断する際の発明の課題は、進歩性判断における発明の課題とは異なり、均等論第1要件の本質的部分における課題と同様に位置付けているものと理解できる。
4.特許法上のその他の論点と、発明の課題
上述したとおり、発明の課題は、進歩性、サポート要件、均等論第1要件の判断において重要なファクターであるが、特許法上のその他の論点との関係でも重要である。以下に、簡単に紹介しておく。
※補正・訂正要件(新規事項追加)
知財高判平成26年(行ケ)第10087号「ラック搬送装置」事件
「本件明細書の記載を見た当業者であれば,可動アームに測定ユニットをどのように取り付けるかは本件発明における本質的な事項ではなく,測定ユニットは,その機能を発揮できるような態様で可動アームに保持されていれば十分であると理解するものであり,そして,本件特許の出願時における上記技術常識を考慮すれば,可動アームに測定ユニットを取り付ける態様を,『懸下』以外の『埋設』等の態様とすることについても,本件明細書から自明のものであったと認められる。・・・
さらに,測定ユニットの『懸下』と『埋設』に関して,その作用効果において具体的な差異が生じるとしても,そのことは,本件明細書に記載された本件発明7の前記技術的意義とは直接関係のないことであり,また,本件特許の出願時における前記技術常識を考慮すれば,本件訂正発明2が本件明細書に記載された事項から自明であるとの前記認定判断を左右するものではない。」
⇒補正・訂正事項が、発明の課題との関係で本質的(必要不可欠な要素)でない場合には、明細書に明示的な記載がなくても補正・訂正が認められ易いという、裁判所の判断傾向を示した典型例である。
※実施可能要件(特許法36条4項)
知財高判平成20年(行ケ)第10199号「組ブロック具」事件
「原告は…経験則ないし技術常識に基づいて,本願発明の構成から,本願発明に係る具体的な種々の組ブロック具を創作できると主張する。しかし,…発明の詳細な説明は,本願発明における課題解決手段を基礎付ける具体的な構成を決定するための指針を何ら記載していない以上,当業者は,これを具体化するに際して,独自の創作を強いられることになるのであって,実施可能要件を充足するということはできない。」
※明確性要件(特許法36条6項2号)
知財高判平成19年(行ケ)第10403号「着脱式デバイス」事件
⇒明確性要件は、「発明の技術的課題を解決するために必要な事項が請求項に記載されているか」否かにより判断される。
・知財高判平成21年(行ケ)第10329号「溶剤等の攪拌・脱泡方法」事件
⇒明確性要件は、「課題を達成するための構成が不明瞭となるもの」であるか否かにより判断される。
・知財高判平成23年(行ケ)第10097号「フェイス・ボウ」事件
⇒明確性要件は「課題を解決するための手段が…記載されて」いるか否かにより判断される。
間接侵害(特許法101条2号、5号)
「特許が物の発明についてされている場合において、その物の生産に用いる物(日本国内において広く一般に流通しているものを除く。)であつてその発明による課題の解決に不可欠なものにつき、その発明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に用いられることを知りながら、業として、その生産、譲渡等若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為」(2号)
取消事由1(判断手法の誤り)について
特許法36条6項1号は,特許請求の範囲の記載は「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」との要件(サポート要件)に適合するものでなければならないと定めている。その趣旨は,発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると,公開されていない発明について独占的,排他的な権利を認めることになり,特許制度の趣旨に反するから,そのような特許請求の範囲を許容しないとしたものである。
そうすると,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと解するのが相当である。
原告は,上記判断基準は「特殊なケース」にのみ当てはまるものであって,本件においては当てはまらない(考慮すべきでない)と主張するが,同判断基準が,原告が主張するような「特殊なケース」にのみ妥当するものではなく,特許発明一般に関するものであることは,上記の立法趣旨からして明らかというべきである。
したがって,原告の主張は採用できない。
なお,異議決定が,本件発明をγ-オリザノールの含有割合に技術的特徴がある数値限定発明(パラメータ発明)と解した上でサポート要件の適否を検討したことについては,誤りがあるというべきであるが,この点については,後記のとおり,取消事由2及び3において検討する。
取消事由2(課題の認定の誤り)及び取消事由3(課題を解決できると認識できる範囲の判断の誤り)について
(1) 課題の認定について
ア 前記のとおり,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
また,発明の詳細な説明は,「発明が解決しようとする課題及びその解決手段」その他当業者が発明の意義を理解するために必要な事項の記載が義務付けられているものである(特許法施行規則24条の2)。
以上を踏まえれば,サポート要件の適否を判断する前提としての当該発明の課題についても,原則として,技術常識を参酌しつつ,発明の詳細な説明の記載に基づいてこれを認定するのが相当である。
かかる観点から本件発明について検討するに,本件明細書の発明の詳細な説明には,米糖化物含有食品であるライスミルクの製造時に各種酵素を制御することなく加えると,プロテアーゼによりアミノ酸,オリゴペプチドが生成し,うまみ調味料様の雑味がついてしまい,用途が限られたこと(【0002】),食感が滑らかで雑味がなくすっきりした味を持つ米糖化液としてアミノ酸濃度が一定範囲である米糖化液が開発されたが,甘味,コク(ミルク感)等の風味は十分に改善されておらず,必ずしも満足できるものではなかったこと,さらに,グラノーラ,パンケーキ等が流行する一方,牛乳アレルギー,大豆アレルギーの人口は増加傾向にあり,風味が改善された牛乳や豆乳の代用品が求められていたこと(【0003】)などが背景技術として記載されている。その上で,発明の詳細な説明には,発明が解決しようとする課題として,「本発明は,米糖化物含有食品のコク,甘味,美味しさ等を改善するという課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果見出されたものである。すなわち,本発明は,コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供することを目的とする。さらに,従来牛乳や大豆を用いて製造又は調理されていた多数の食品を作ることを可能にする食品を提供することも目的とする。」との記載がある(【0006】)。
これらの記載からすれば,本件発明は,「コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供すること」それ自体を課題とするものであることが明確に読み取れるといえる。
イ これに対し,異議決定は,「本件発明1の課題は,本件特許明細書の『コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供すること』(【0006】)との記載及び実施例(【0031】~【0043】)において,『コク(ミルク感)』,『甘み』及び『美味しさ』の各評価項目について評価を行っていることから,『コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供すること』と認められる。」と,一旦は上記アと同様に本件発明1の課題を認定しながら,最終的なサポート要件の適否判断に際しては,「本件発明1の課題は,上記aのとおり,具体的には,実施例1-1のライスミルクに比べてコク(ミルク感),甘味及び美味しさについて優位な差を有するものを提供することであ(る)」とその課題を認定し直し,課題の解決手段についても,「本件発明1が課題を解決できると認識できるためには,…実施例1-1のライスミルクに比べてコク(ミルク感),甘味及び美味しさについて優位な差を有することを認識できることが必要である。」としている(異議決定12頁16~25行)。
この点について,被告は,発明が解決しようとする課題とは,出願時の技術水準に照らして未解決であった課題であるから,本件発明1の「コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供すること」という課題は,本件出願時の技術水準を構成する米糖化物含有食品(具体的には,実施例1-1のライスミルク)に比べて,コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供することであり, したがって,異議決定においては,本件発明1の課題について,「具体的には,実施例1-1のライスミルクに比べてコク(ミルク感),甘味及び美味しさについて優位な差を有するものを提供すること」としたものである(したがって,異議決定の課題の認定に誤りはない)と主張する。
確かに,発明が解決しようとする課題は,一般的には,出願時の技術水準に照らして未解決であった課題であるから,発明の詳細な説明に,課題に関する記載が全くないといった例外的な事情がある場合においては,技術水準から課題を認定するなどしてこれを補うことも全く許されないではないと考えられる。
しかしながら,記載要件の適否は,特許請求の範囲と発明の詳細な説明の記載に関する問題であるから,その判断は,第一次的にはこれらの記載に基づいてなされるべきであり,課題の認定,抽出に関しても,上記のような例外的な事情がある場合でない限りは同様であるといえる。
したがって,出願時の技術水準等は,飽くまでその記載内容を理解するために補助的に参酌されるべき事項にすぎず,本来的には,課題を抽出するための事項として扱われるべきものではない(換言すれば,サポート要件の適否に関しては,発明の詳細な説明から当該発明の課題が読み取れる以上は,これに従って判断すれば十分なのであって,出願時の技術水準を考慮するなどという名目で,あえて周知技術や公知技術を取り込み,発明の詳細な説明に記載された課題とは異なる課題を認定することは必要でないし,相当でもない。出願時の技術水準等との比較は,行うとすれば進歩性の問題として行うべきものである。)。
これを本件発明に関していえば,異議決定も一旦は発明の詳細な説明の記載から,その課題を「コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供すること」と認定したように,発明の詳細な説明から課題が明確に把握できるのであるから,あえて,「出願時の技術水準」に基づいて,課題を認定し直す(更に限定する)必要性は全くない(さらにいえば,異議決定が技術水準であるとした実施例1-1は,そもそも公知の組成物ではない。)。
したがって,異議決定が課題を「実施例1-1のライスミルクに比べてコク(ミルク感),甘味及び美味しさについて有意な差を有するものを提供すること」と認定し直したことは,発明の詳細な説明から発明の課題が明確に読み取れるにもかかわらず,その記載を離れて(解決すべき水準を上げて)課題を再設定するものであり,相当でない。
以上によれば,異議決定における課題の認定は妥当なものとはいえず,被告の主張は採用できない。
(2) 課題を解決できると認識できる範囲について
ア 上記のとおり,本件発明の課題は,コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供することであると認められるので,本件発明が,発明の詳細な説明の記載から,「コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供する」という課題を解決することができると認識可能な範囲のものであるか否かについて検討する。
イ 発明の詳細な説明の記載について
(ア) 発明の詳細な説明には,課題を解決するための手段として,米糖化物並びに米油及び/又はイノシトールを含有する食品とすることが記載され,同食品は米油を0.5~5質量%含有していてもよいこと,米油中のγ-オリザノール含有量は,1~5重量%であってもよいことが記載されている(【0007】,【0013】及び【0015】)。
また,「〔コク,甘味及び美味しさ〕本発明の食品は,コク,甘味及び美味しさの点で優れている。…コク,甘味及び美味しさに関して,例えば,本発明の食品と,米油もイノシトールも含有しないで例えば大豆油等を含有する食品との食味試験を行い,有意差又は有意傾向がある場合に,改善されたと判断することができる。」(【0023】)と記載されていることからも,発明の詳細な説明においては,ライスミルクに米油又はイノシトール,あるいは,その両方を添加することが課題の解決手段とされていることが理解できる。
(イ) 発明の詳細な説明の実施例には,米粉から米糖化物を含有するライスミルクを調製した製造例1ないし3と,ライスミルクの食味試験を行った試験例1ないし4が記載されている(【0031】~【0043】)。
ここで,ライスミルクの調製に用いた米油のγ-オリザノール含有量は,こめ油では0.2重量%,米胚芽油では1.5重量%であるから(【0034】),本件発明1の範囲に含まれる実施の態様であるライスミルクは,試験例1及び4に用いた実施例1-2と,試験例2の実施例2-1ないし2-4,さらに,試験例4の実施例4-2ないし4-5であるといえる(【0035】表1)。
(ウ) また,上記食味試験の方法について,【0036】,【0038】及び【0042】の記載によれば,試験ごとに比較の基準となるライスミルクを設定し,無作為に選出した30名のパネラーにより,「コク(ミルク感)」,「甘み」及び「美味しさ」の評価項目について,基準ライスミルクと比較して,基準ライスミルクと同等の場合を「0」,基準ライスミルクより優れている場合を「1」,基準ライスミルクよりさらに優れている場合を「2」,基準ライスミルクより劣っている場合を「-1」,基準ライスミルクよりさらに劣っている場合を「-2」として評価を行ったことが理解できる。
ウ 本件発明の範囲内のライスミルクを用いた上記試験の結果について
(ア) 試験例1について
試験例1の結果を示す図1によれば,γ-オリザノールを1.5重量%含有する米油である米胚芽油を3質量%含有する実施例1-2のライスミルクは,油脂を含有しない基準ライスミルク1と比較して,コク(ミルク感),甘味,美味しさの全てにおいて,1.5点以上であり,基準ライスミルク1より優れていると評価されたことが読み取れる。
そして,図1下部には,「*p<0.05,**p<0.01(t-検定)」と記載されているところ,図1のグラフにおいて,実施例1-2については,コク(ミルク感),甘味,美味しさの各評価項目の全てに「**」が表示されている。このことは,試験例1における基準ライスミルク1と実施例1-2の比較結果が,全ての評価項目において,t-検定によりp<0.01という高い精度で統計的に有意であることを示している。
そうすると,試験例1における実施例1-2のライスミルクについて図1に示された結果は,コク(ミルク感),甘味,美味しさといった人間の感覚である食味に関する官能試験において,無作為に選出された30名のパネラーにより,基準となるライスミルクを設定して比較を行い,統計評価を行って有意差があることを確認しているのであるから,評価基準を明確化し主観を排した客観的な評価結果であると認められる。
そして,発明の詳細な説明には,本件発明1においては,課題を解決するための手段として,米糖化物並びに米油及び/又はイノシトールを含有する米糖化物調製食品とすることが記載されており,実際に図1の結果に示されるとおり,本件発明1のライスミルクに該当する実施例1-2のライスミルクが,コク(ミルク感),甘味,美味しさの全ての点で,上記解決手段を有していない基準ライスミルク1より優れているということは,少なくとも,実施例1-2の具体的なライスミルクに関しては,上記解決手段により課題が解決されていることを裏付けるものであるといえる。
(イ) 試験例2について
【0035】の表1によれば,試験例2は,米油を含有しない基準ライスミルク2に対し,γ-オリザノールを1.5重量%含有する米油である米胚芽油を異なる量で含有するライスミルクを評価した食味試験である。試験例2においても,【0038】に記載された試験方法,図2に記載された統計評価からみて,試験例2は試験例1と同様に客観性が担保されていると認められる。
図2によれば,実施例2-1ないし2-4のライスミルクは,全ての評価項目の点数が基準ライスミルク2を上回っており,米胚芽油の含有量は,実施例2-2では1重量%,実施例2-3では3重量%,実施例2-4では5重量%であるから,米糖化物含有食品のコク,甘味,美味しさを改善するための解決手段である米油の含有量としては,1~5重量%の範囲で課題が解決できることが裏付けられているといえる。
(ウ) 試験例4について
試験例4は,米油に加えて,イノシトールをさらに含有する本件発明2及び3に対応する実施例に関するものであるが,試験例1及び2と同様に食味試験及び統計評価が行われ,イノシトールと米胚芽油3質量%を含有する実施例4-2ないし4-5の点数は,全て,イノシトールを含まない基準ライスミルク4及びイノシトールを含むが米油を含有しない実施例2-3のいずれをも上回っている(【0035】表1,【0042】及び【0043】図4)。
したがって,米油に加えて,イノシトールを含む本件発明2及び3についても,課題が解決できる範囲のものであることが裏付けられているといえる。
(エ) そして,上記試験例1,2及び4の結果を総合すれば,本件発明4についても,課題が解決できる範囲のものであることが裏付けられているといえる。
エ 以上によれば,本件発明は,いずれも,発明の詳細な説明の記載から,「コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供する」という課題を解決することができると認識可能な範囲のものであるといえる。
(3) 被告の主張について
これに対し,被告は,本件発明がγ-オリザノールの含有割合に技術的特徴がある数値限定発明であり,その課題が「実施例1-1のライスミルクに比べてコク(ミルク感),甘味及び美味しさについて有意な差を有するものを提供する」ことであることを前提に,発明の詳細な説明に記載された実施例では,γ-オリザノールの含有量が1.5重量%である米胚芽油(を3質量%含有するライスミルク=実施例1-2のライスミルク)についてしか効果が確認されておらず,γ-オリザノールの含有量が1~5質量%である米油を0.5~5質量%含有するライスミルク全般に一般化できないから,本件発明はサポート要件に適合しない旨主張する。
しかしながら,そもそも被告が主張する課題の認定自体に誤りがあることは,前記(1)のとおりであるから,被告の主張は採用できない。
(4) 小括
以上のとおり,異議決定は,サポート要件の判断の前提となる課題の認定自体を誤り,その結果,本件発明が発明の詳細な説明の記載から課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かについての判断をも誤って,サポート要件違反を理由とする特許取消しの判断を導いたものである。
したがって,その旨を指摘する取消事由2及び取消事由3は理由がある。
原告:築野食品工業株式会社(特許権者)
被告:特許庁長官
(Keywords)築野、ライスミルク、進歩性の問題、サポート、課題、米糖化物、米油、イノシトール、技術水準
執筆:高石秀樹(弁護士・弁理士)(特許ニュース平成30年8月27日の原稿を追記・修正したものです。)
監修:吉田和彦(弁護士・弁理士)
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