平成30年(行ケ)第10076号、平成31年3月13日判決言渡(高部裁判長)
◆判決本文
本判決は、①原告(特許権者)が特許無効審判時と異なる一致点・相違点を主張した点については、「特許無効審判の審決に対する取消訴訟においては,審判で審理判断されなかった公知事実を主張することは許されないが(最高裁昭和42年(行ツ)第28号同51年3月10日大法廷判決・民集30巻2号79頁),審判において審理判断された公知事実に関する限り,審判の対象とされた発明との一致点・相違点について審決と異なる主張をすることは,それだけで直ちに審判で審理判断された公知事実との対比の枠を超えるということはできない」として、審決取消訴訟の審理範囲内であるとした。
また、本判決は、②出願日後に製造された物の追試により、進歩性を否定した。すなわち、被告(無効審判請求人)が、本件特許出願日以前から販売されていた3種類の豆乳飲料について、同じ製造元・商品名であるが出願から2~3年後に製造された3種類の豆乳飲料を追試したところ、粘度が本件発明の数値範囲内であった。本判決は、出願後2~3年の間に各豆乳製品の粘度が変わったとは考え難いとして、粘度の数値限定は容易想到であるとして、進歩性を否定した。なお、本件発明において、粘度が発明の課題と無関係であったことも重要な考慮要素であったと思われる。
出願日後の刊行物に基づいて、出願日以前の事実を立証できたとして新規性・進歩性を否定した裁判例は幾つかあるが(例えば、出願日前の事実を記載している場合、出願日直後に出版されたが入稿は出願日以前であった場合、等。)、出願日から2~3年後に製造された物の追試に基づいて進歩性を否定した裁判例は珍しく、参考になると思われる。
1.特許請求の範囲(【請求項1】)
「【請求項1】pHが4.5未満であり,かつ7℃における粘度が5.4~9.0mPa・sであり,ペクチン及び大豆多糖類を含み,前記ペクチンの添加量が,ペクチン及び大豆多糖類の添加量総量100質量%に対して,20~60質量%である,豆乳発酵飲料(但し,ペクチン及び大豆多糖類が,ペクチンと大豆多糖類とが架橋したものである豆乳発酵飲料を除く。)」
2.本判決の概要(出願日後に製造された物の追試により、進歩性を否定した)
(判旨抜粋)
「測定対象となった製品はいずれも本件特許出願日後に製造されたものと見られるところ,消費者の嗜好が変動し得ることを考慮しても,…本件特許出願後の2年ないし3年の間に,この点につき有意な粘度条件の変動があったとは考え難く,また,これをうかがわせる具体的な事情もない。」
「7℃における粘度が5.4~9.0mPa・sである豆乳飲料や発酵乳飲料は,一般に販売され,消費者に受け入れられていた粘度範囲であり…,その下限値である5.4mPa・sも,本件各発明の課題であるタンパク質等の凝集の抑制と何らの関係も有しない…。」
3.関連裁判例の紹介(※幾つかの抜粋です。詳細は、高石秀樹著「特許裁判例事典【第二版】」(経済産業調査会)をご参照下さい。)
①気体レーザ放電装置最判(最判昭和51・4・30判タ360号148頁、特許判例百選〔第三版〕第20事件)は、出願日後に頒布された文献に基づいて出願日当時の技術水準を認定した上で、実用新案法3条2項の容易推考性を判断し、特許庁の拒絶審決を維持した原審判決(東京高判昭和50・10・23)を維持し、「実用新案登録出願にかかる考案の進歩性の有無を判断するにあたり、右出願当時の技術水準を出願後に領布された刊行物によつて認定し、これにより右進歩性の有無を判断しても、そのこと自体は、実用新案法三条二項の規定に反するものではない。原判決が本願考案出願後の刊行物である甲第六号証の二によつて右出願当時の技術水準を認定したにすぎないものであることは、同号証の記載及び原判文に徴し明らかである。ひつきよう、原判決に所論の違法はな」いとして、上告を棄却した。
なお、同最判の原審判決は、「甲第六号証の二には、セラミックスは熱衝撃に弱いからバルク状のセラミックスをレーザに利用しようとする研究においては、この難点を解決しなければならない旨の記載はあるが、酸化ベリリウムと熱衝撃抵抗との関係についての記載は見当らない。かえつて、同号証にはアルゴンレーザの放電に用いられたか、あるいは利用できるだろうセラミツク材料として酸化ベリリウムが挙げられていることを認めることができる。」と判示していた。
出願後に領布された刊行物であっても、それにより出願時の技術水準を立証できる刊行物であれば、該刊行物に基づいて出願時の技術水準を認定できることは学説・裁判例は一致していると思われる。問題は、どのような場合に、出願日後に頒布された文献に基づいて出願日当時の技術水準を認定することが許されるかである。
②知財高判平成25・3・18(平成24(行ケ)10252)[耐熱性リボヌクレアーゼH事件]は、「一般に、発明の進歩性の判断は、審査を行う時点ではなく、出願日(優先権主張がなされている場合は優先権主張日)を基準になされるものであるから(特許法29条2項)、発明の進歩性の有無を判断するにあたって参酌することができる知見は、出願前までのものであって、このことは、発明の構成の容易想到性判断のみならず、発明の効果の顕著性の判断に関しても同様である。また、特許出願された発明に関する明細書に記載された知識に基づいて出願前の発明ないし技術常識を認定することは、後知恵に基づいて特許出願された発明の進歩性を判断することになりかねず、同項の趣旨に反するものであり、許されない。本件において、審決が、本願明細書の記載に基づいて、『引用文献3に記載されるRNase HIIPkも同様に、一方の鎖にRNAを1つ含む2本鎖DNAのうちRNAを含む鎖を切断することができると推認することができ』とし、あるいは、本願出願後の文献である甲2に基づいて、『本願補正発明のポリペプチドが、引用文献3に記載されるRNase HIIPkと比べて、格別な違いはない』とした判断手法は、誤りである。」と判示して、特許庁の拒絶審決を維持した。
同知財高裁判決は、発明の効果の顕著性を否定し、進歩性を否定する場面において、発明の効果の顕著性を判断する際に参酌できる「知見」は出願前のものに限られることを判示した。
③出願日後に頒布された引用文献を参酌して、出願時の技術水準ないし知見を認定した下級審裁判例(具体的な引用は、下掲<裁判例>参照)の検討
a.先ず、文献の頒布された時期が出願日後であっても、当該文献の内容が出願日前に執筆されたものであった場合に、これにより出願時の技術水準ないし知見を認定することが許された裁判例がある。(裁判例1-1及び1-2)
b.また、文献の頒布された時期が出願日後であっても、当該文献の内容が、出願時に存在した物の構成等を説明したに過ぎない場合に、当該文献を出願時の技術水準ないし知見を認定するために参酌することが許された裁判例がある。(裁判例2-1及び2-2)
この類型は、後掲・知財高判平成20・6・30(平成19(行ケ)第10378号)(下記④)[結晶性アジスロマイシン事件]との整合性を疑問とする見解も有り得る。しかし、裁判例2-1及び2-2は、「従来から製造、販売されていた普通型コンバイン」、医療の現場で使用されていた胃瘻から注入する半固形状食品「®テルミールソフト」の具体的構成を出願日後に頒布された文献により特定したものであるから、後掲[結晶性アジスロマイシン事件]のように、出願日に当業者が当該物質の存在を認識していなかった場合に、当該物質が実は存在していたことを追試により示した事案とは異なる。
c.また、文献の頒布された時期が出願日後であっても、当該文献の内容が出願日前に頒布された多数の公知文献と整合する場合に、それらの公知文献と併せて出願時の技術水準ないし知見を認定するための資料として参酌することが許されるとした裁判例がある。(裁判例3-1)
d.また、技術用語辞典に基づいて技術用語の意義を確定する場面において、当該辞典の頒布された時期が出願日後であっても、当事者が争っていない場合に、弁論の全趣旨に徴して、当該技術用語辞典の記述が出願時の当業者の認識を示すとして、当該辞典を参酌することが許されるとした裁判例がある。(裁判例4-1、4-2、4-3、4-4)
裁判例4-1、4-2、4-3、4-4は、技術用語辞典を参酌して技術用語の意味を確定するときに、引用した技術用語辞典自体は出願日後に頒布されたものであっても、そこに記載された技術用語の説明は、「本件出願当時の技術常識を示すものであって、その出願後に初めて知られたものとは考えられない」と判断したものであり、出願時に事実として存在したが、出願日後に初めて知られたものを参酌したものではない。そして、上掲4件の事案では、当事者が、出願日後に頒布された技術用語辞典類の記載が出願当時の技術用語辞典類の記載と異なるとして争っていなかった事案である。
④出願日後に頒布された引用文献を参酌して、出願時の技術水準ないし知見を認定することが許されないとした下級審裁判例
知財高判平成20・6・30(平成19(行ケ)第10378号)[結晶性アジスロマイシン事件]は、出願日前に頒布された公知文献に記載された「結晶A」の新規性・進歩性が問題となった事案において、この「結晶A」が発明における「アジスロマイシン2水和物」であったことが出願日後に行われた追試結果により特定されたとしても、「甲第2号証が特許法29条1項3号所定の刊行物に当たるというためには、本件優先日…前における当業者の技術常識ないし技術水準を基礎として、甲第2号証記載の結晶Aが結晶性アジスロマイシン2水和物であると容易に知ることができたことを要するものであり、本件優先日後の技術常識ないし技術水準を基礎とすることにより、甲第2号証記載の結晶Aは結晶性アジスロマイシン2水和物であったことが初めて理解されるというにすぎない場合には、甲第2号証は同号所定の刊行物に当たるということはできない。」と判示した。
同裁判例は、出願日前に頒布された文献の記載事項を追試することによりある物質の化学構造が特定されたとしても、出願時の当業者が当該事実を認識できなかった場合には、当該公知文献は、当該物質の化学構造を開示する特許法29条1項3号所定の刊行物に当たらないと判断した。
⑤知財高判平成25年10月16日、平成24年(行ケ)第10419号「うっ血性心不全の治療へのカルバゾール化合物の利用」事件<第2次判決>
上記③に挙げた気体レーザ放電装置最判以降の各下級審裁判例に拠れば、出願日後に頒布された文献を参酌して出願時の技術水準ないし知見を認定することが許される類型としては、(a)当該文献が出願日前に執筆された場合、(b)当該文献が出願時に存在した物の構成等を説明する場合、(c)当該文献の内容が出願日前に頒布された公知文献と同じである場合、(d)技術用語辞典に基づいて技術用語の意義を確定する場面において、当事者が争っていないときに、弁論の全趣旨に徴して、当該技術用語辞典の記述が出願時の当業者の認識を示すと判断できる場合、が挙げられる。
この⑤事件<第2次判決>の事案は、(a)甲24が出願日前に執筆された事情は存在せず、(b)甲24が出願時に存在した物の構成等を説明した場合でもなく、(c)甲24の内容は出願日前に頒布された乙11と異なるものであり、(d)甲24は、技術用語の意義を確定するために引用された技術用語辞典でない上、出願時の技術水準は乙11記載のとおりであり甲24記載と異なる旨を特許権者が争っていた事案であった場合に、出願時の技術水準ないし知見を認定するために出願日後に頒布された文献を参酌した点において、過去の裁判例の類型と異なる。
そして、この⑤事件<第2次判決>は、優先日前に頒布されていた公知文献であった乙11からはビソプロロールの作用効果がカルベジロールに匹敵し得ると読み取ることは不可能であったところ、乙11の追試であり、乙11とは異なる実験結果が得られた優先日後に頒布された実験結果等の非公知文献を参照して、カルベジロールに係る本件特許発明の顕著な作用効果を否定したものである。
このように、上記類型(c)と逆に、優先日後に頒布された非公知文献の開示内容が公知文献と異なる場合に、進歩性判断において当該非公知文献の参酌が許された裁判例は、本件<第2次判決>が初めてである。
≪裁判例≫
裁判例1-1東京高判平成17・2・24(平成15(行ケ)362)[生分解性フィルム事件]
引用された文献が公開特許公報であり、当該公開特許公報の公開日は本件出願後であるが、当該公開特許公報に係る特許出願日は本件出願前であった。この場合、当該公開特許公報の開示内容は出願人の出願時の知見であるから、出願日の技術水準を認定するために当該公開特許公報を参酌することが許された。
裁判例1-2 東京高判昭和50・7・29判タ330号314頁[土壌の安定化法事件]
出願日の技術水準を認定するために出願日後に頒布された文献を参酌したが、同文献は版組が出願日前に開始されていた。この場合、同文献の内容は執筆者の出願日前の知見であるから、出願日の技術水準を認定するために同文献を参酌することが許された。
裁判例2-1 東京高判昭和61・9・9(昭和58(行ケ)262[コンバインにおける籾タンク事件]
「右著書は第一引用例記載の考案の実用新案登録出願後に出版されたものではあるが、その間僅か五か月であり、前記のとおり、右著書は、従来から製造、販売されていた普通型コンバインを基本形として設計した前記コンバインを説明したものであるから、右著書の出版が右出願後であるからといつて、右認定を妨げるものではない」と判示して、頒布された日は出願日後であるが、出願日前の製品について説明したものであるとして、出願日の技術水準を認定するために同著書を参酌した。
裁判例2-2 知財高判平成22・12・22(平成22(行ケ)10163[経管栄養剤事件]
気体レーザ放電装置最判を引用しながら、「刊行物に記載された発明」について、「特許法29条2項は,特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が,同条1項各号に掲げる発明に基づいて容易に発明をすることができたときは,その発明は,特許を受けることができない旨を規定している。そして,発明が技術的思想の創作であることからすると(特許法2条1項),特許を受けようとする発明が同条1項3号にいう特許出願前に「頒布された刊行物に記載された発明」に基づいて容易に発明をすることができたか否かは,特許出願当時の技術水準を基礎として,当業者が当該刊行物を見たときに,特許を受けようとする発明の内容との対比に必要な限度において,その技術的思想を実施し得る程度に技術的思想の内容が開示されていることが必要であり,かつ,それをもって足りると解するのが相当である。
これを,特許を受けようとする発明が物の発明である場合についてみると,特許を受けようとする発明と対比される同条1項3号にいう刊行物の記載としては,その物の構成が,特許を受けようとする発明の内容との対比に必要な限度で開示されていることが必要であるが,当業者が,当該刊行物の記載及び特許出願時の技術常識に基づいて,その物ないしその物と同一性のある構成の物を入手することが可能であれば,必ずしも,当該刊行物にその物の性状が具体的に開示されている必要はなく,それをもって足りるというべきである。」と一般論の述べた上で、引用文献に「胃瘻から注入する半固形状食品の『®テルミールソフト』の発明が記載されている」ときに、「本願出願後に頒布されたものであることに争いのない刊行物…には,『®テルミールソフト』が20℃で20000ミリパスカル秒の粘度であることが記載されている。この事実に弁論の全趣旨を総合すれば,本願出願時においても,同一商品名で販売されていた『®テルミールソフト』が,本願発明の粘度範囲である1000~60000ミリパスカル秒の範囲にあったものと推認できる。」と判断した。
同裁判例は、物の発明において、出願日後に頒布された文献を参照して、公知文献に商品名で記載されていた物質の具体的な粘度を認定した事案であり、出願時に存在した物の構成等を説明したに過ぎない場合である。
出願日前に、医療の現場では胃瘻から注入する半固形状食品「®テルミールソフト」が使用されていたことは争いがなく、その具体的な構成(粘度)が出願日前に公表されていなかっただけである。
裁判例3-1 東京高判平成2・8・30(昭和63(行ケ)148[顔料付蛍光体事件]
「被告が新たな証拠として指摘する甲号各証は、いずれも、右主張の当否を判断するための資料で、容易に入手し得る理化学に関する辞典類か(甲第一七、第一九、第二一ないし第二四号証の各一ないし三)当業者向けの便覧又はこれに準ずるもので(第一八、第二〇、第二五、第二六号証の各一ないし三、第二九号証の一ないし四、第三〇号証の一ないし五)、べんがらを含む各種の赤色無機・有機顔料又はその成分について種類、性質、用途、毒性等に関するものであつて、本件出願前における周知事実又は当業者の技術常識に属し、特に前記各公知事実中の各種赤セラミツクス顔料、赤色無機顔料粒子の意義を明らかにするものと認められるから、これらの証拠が審判手続において提出されなかつたからといつて、本訴においてその提出が許されないものではない(なお、甲第二九号証の一ないし三、甲第三〇号証の一ないし五は本件出願後に発行された文献であるが、その内容に照らし、本件出願前の前記周知事実又は技術常識を記載したものと認めて差支えない。)。」と判示して、二つの文献は、頒布された日は出願日後であるが、その内容が本件出願時の技術水準ないし知見を開示していると認定して、これらを含めて出願時の技術水準ないし知見を認定した。
もっとも、同裁判例においては、当該出願時の技術水準ないし知見を立証するための証拠として出願日前に頒布された公知文献が多数引用されており、出願日後に頒布された二つの文献は、それらの公知文献と内容的に同じであるから、“ついでに”引用されたものである。そして、仮に当該事案において出願日後に頒布された二つの文献が参酌され得た理由が出願日前に頒布された多数の公知文献と異なる内容であったならば、これら二つの非公知文献が出願時の技術水準ないし知見を立証するために参酌されたかについては、必ずしも明らかでない。
裁判例4-1 東京高判平成3・9・19知裁集23巻3号681頁[低温流動性軽油組成物事件]
「大木道則ほか編集『化学大辞典』…には、『パラフィン』は『アルカン』と同義であることが記載され、…『アルカン』について、…と記載されていることが認められる(なお、右『化学大辞典』は本件出願後に刊行された文献であるが、その記載内容及び弁論の全趣旨に徴すると、本件出願当時の技術常識を示すものと考えられる。)」と判示して、当該「化学大辞典」は、頒布された日は出願日後であるが、出願時の技術水準に基づく「パラフィン」の意味を認定するために参酌された。
もっとも、同裁判例においては、「弁論の全趣旨に徴すると」と述べているとおり、当事者が、引用された出願日後に頒布された「化学大辞典」に記載された「パラフィン」の意味と出願時の「化学大辞典」に記載された「パラフィン」の意味とが異なるとして争っていなかったため、「弁論の全趣旨」に徴して、当該出願日後に頒布された「化学大辞典」を参酌したものである。仮に当事者がこの点を争っていたならば、出願日後に頒布された「化学大辞典」に基づいて出願時の技術水準ないし知見を認定することを正当化するための相当の根拠を示す必要があった筈である。
裁判例4-2 東京高判平成13・10・24(平成12年(行ケ)第297号)[受信機事件]
「一般的な技術用語辞典の性格を有するものと認められることにかんがみ、本件発明につき、同文献によって技術用語としての『相互変調』の意義を認定して差し支えない」と判示して、出願日後に頒布された「電波・テレコム用語辞典」を参酌して、「3次高調波」というクレーム文言を「3次相互変調」と訂正することを認めた。当該事案においては、引用箇所のうち一部は出願日に頒布された版に同じ記載があったことに加えて、同文献は「本件出願後に刊行されたものであるが、以上の記載は、その内容からみて、本件出願当時の技術常識を示すものであって、その出願後に初めて知られたものとは考えられない」と判示した。当事者は、引用された出願日後に頒布された「電波・テレコム用語辞典」に記載された「相互変調」の意味と出願時の「電波・テレコム用語辞典」に記載された「相互変調」の意味とが異なるとして争っていなかった。
裁判例4-3 東京高判平成10・3・12(平成6年(行ケ)第215号)[プレニルケトン系化合物を含有する消化性潰瘍治療剤事件]
「成立に争いのない乙第1号証(『岩波理化学辞典(第4版)』(株式会社岩波書店平成元年2月24日発行、なお、同号証は本件発明の出願後に刊行されたものであるが、同辞典の第1版は昭和10年4月15日に発行され、版を重ねたものであって、その記載内容からみて、本件発明の出願当時においても同旨の記載がなされていたものと認められる。)によると、同号証においては次のとおり記載されていることが認められる。」として、引用発明の「カルボニル基」の構造及び化学的性質を認定し、対象発明の「カルボキシル基」と化学的性質が異なることを認定した。当事者は、引用された出願日後に頒布された「岩波理化学辞典(第4版)」に記載された「カルボニル基」の意味と出願時の「岩波理化学辞典」に記載された「カルボニル基」の意味とが異なるとして争っていなかった。
裁判例4-4 東京高判平成8・7・9(平成5年(行ケ)第58号)[ケーブル導体事件]
…引用発明1-1との一致点・相違点
a 一致点1-1:ペクチン及び大豆多糖類を含む,食品(但し,ペクチン及び大豆多糖類が,ペクチンと大豆多糖類とが架橋したものである食品を除く。)。
b 相違点
(a) 相違点1-1:pHについて,本件発明1では,4.5未満であるのに対して,引用発明1-1では,2.5~5.0である点。
(b) 相違点1-2:本件発明1では,7℃における粘度が5.4~9.0mPa・sであるのに対して,引用発明1-1では,粘度が不明である点。
(c) 相違点1-3:本件発明1は,ペクチンの添加量が,ペクチン及び大豆多糖類の添加量総量100質量%に対して,20~60質量%であるのに対して,引用発明1-1は,ペクチンと大豆多糖類との比率が不明である点。
(d) 相違点1-4:食品について,本件発明1は,豆乳発酵飲料であるのに対して,引用発明1-1は,酸性蛋白食品である点。
…
…相違点1-2について
(ア) 平成22年3月に,キッコーマングループにより「カルシウムの多い豆乳飲料」及び「豆乳飲料いちご」が販売されていたこと(甲10),本件特許出願日より前の同年5月24日にキッコーマン飲料株式会社により「カルシウムの多い豆乳飲料」が販売されていたこと(甲11),同じく本件特許出願日より前の平成24年3月12日に,同社により「豆乳飲料 グレープフルーツ」が販売されていたこと(甲12)が認められる。
平成27年3月3日付け「豆乳飲料の性状確認試験」(甲13)は,上記3製品(ただし,製造日はいずれも平成27年2月)につき,本件明細書記載の方法により粘度,沈殿量及びpHを測定したものであるところ,粘度については,「豆乳飲料 グレープフルーツ」が7.0mPa・s,「豆乳飲料いちご」が8.5mPa・s,「カルシウムの多い豆乳飲料」が7.8mPa・sであったことが記載されている。この測定結果につき,その信用性に疑義を抱くべき具体的な事情はない。
平成28年9月9日付け「発酵乳入り清涼飲料水の測定」(甲17)は,市販の発酵乳入り清涼飲料(発酵乳入り清涼飲料水。同年8月25日購入)について,本件明細書記載の方法で粘度,沈殿量及びpHを測定したものであるところ,粘度は5.74mPa・sであったことが記載されている。この測定結果につき,その信用性に疑義を抱くべき具体的な事情はない。
これらによれば,消費者の受け入れられる飲料という観点から見た場合,7℃における粘度が5.4~9.0mPa・sであることは,そのような飲料として普通の範囲内に属すると認められる。なお,甲13及び17の測定対象となった製品はいずれも本件特許出願日後に製造されたものと見られるところ,消費者の嗜好が変動し得ることを考慮しても,平成25年3月の本件特許出願後の2年ないし3年の間に,この点につき有意な粘度条件の変動があったとは考え難く,また,これをうかがわせる具体的な事情もない。
なお,平成30年7月6日付け「実験成績証明書」(甲55)によれば,現在販売されている4つの豆乳発酵飲料(甲51~54)につき,本件明細書記載の方法で粘度(mPa・s)を測定したところ,いずれも10.0以上との測定結果が示されている。しかし,測定対象とされる商品の製造時期その他の条件により,同一銘柄の商品であっても測定結果に差異を生じ得るから(後記(エ)),これをもって直ちに,本件特許出願日において5.4~9.0mPa・sの粘度範囲を設定することを阻害するに足りる事情ということはできない。
(イ) 粘度につき,本件明細書には,「5.9mPa・s以上であることが好ましく,6.4mPa・s以上であることがより好ましく,6.9mPa・s以上であることが更に好ましい。また,…8.5mPa・s以下であることが好ましく,8.0mPa・s以下であることがより好ましい。」(【0029】),「ペクチン及び大豆多糖類の混合物を添加していないサンプルNo.1との比較から明らかなように,ペクチン及び大豆多糖類の混合物を添加することによって,粘度が高くなった(表3及び図2)。」(【0074】)との記載がある。また,表3及び図2によれば,サンプルNo.2~No.6においては,pHを問わず粘度が5.4~9.0mPa・sの範囲に含まれており,上記範囲の下限に最も近い粘度のものはpH4.5の場合のNo.6,上限に最も近いものはpH4.2の場合のNo.2である。
これらの記載からは,「5.4~9.0mPa・s」との粘度範囲の特定は,ペクチン及び大豆多糖類を添加した結果としての粘度を特定したという意義を有するにとどまると解され,必ずしもpHとの関連性を見出すことはできない。
(ウ) 引用例1には,ハイメトキシルペクチン(HMペクチン)等の糊料(シックナー)の添加量を増やせば酸性蛋白食品の粘度を高められること( 【0002】),HMペクチンと水溶性大豆多糖類を併用すると,糊状感の改善,つまりHMペクチンによる粘度上昇を抑制できること(【0018】,【0027】)が記載されている。このことから,引用発明1-1の酸性蛋白食品の粘度は,HMペクチンと水溶性大豆多糖類を併用し,それらの添加量を操作することで調整可能なことは,当業者に明らかである。
そして,7℃における粘度が5.4~9.0mPa・sである豆乳飲料や発酵乳飲料は,一般に販売され,消費者に受け入れられていた粘度範囲であり(上記(ア)),その下限値である5.4mPa・sも,本件各発明の課題であるタンパク質等の凝集の抑制と何らの関係も有しない(前記⑵イ(イ)c)。
そうすると,当業者は,豆乳飲料や発酵乳飲料等を包含する引用発明1-1の酸性蛋白食品の粘度の範囲として「5.4~9.0mPa・s」の範囲を採用することを容易に想到し得たものといえる。
(エ) 原告の主張について
原告は,甲13及び17の測定結果は相違点1-2の粘度範囲の構成が「普通」であるか否かの判断資料とはなり得ず,粘度範囲は飲料ごとに適した範囲が存在し,豆乳発酵飲料につき本件特許出願時において「普通」だった粘度範囲を確認するためには,あくまで,その当時の豆乳発酵飲料の粘度を調査しなければならないこと,現在販売されている豆乳発酵飲料及び豆乳飲料の粘度測定の結果からは,豆乳発酵飲料について「5.4~9.0mPa・s」の範囲が消費者に受け入れられる飲料の粘度として「普通の範囲」とする根拠はないなどと主張する。
しかし,甲13及び17の測定結果をもとに本件特許出願時に普通の範囲内であった豆乳発酵飲料の粘度範囲を判断し得ることについては,前記(ア)のとおりである。
また,平成30年7月6日付け「実験成績証明書」(甲56)の表2には,豆乳飲料10製品の粘度が記載されているところ,うち2製品は10mPa・sを超えるものの,1製品が「6.07mPa・s」であり,「5.4~9.0mPa・s」の範囲内にあり,その他の製品も,その上限をやや超える9.07~9.60mPa・sの範囲内に5製品,その下限をやや下回る4.14mPa・s,4.55mPa・sのものが各1製品という分布となっている。しかも,このうち,「キッコーマン カルシウムの多い豆乳飲料」は,甲13記載の測定においても対象とされた製品であるところ,甲56においては「9.34mPa・s」という結果であるのに対し,甲13では「7.8mPa・s」となっており,銘柄が同一の商品でも,飲料の製造時期や粘度の測定条件等により1.5mPa・s程度の差異が生じ得るものであることが理解できる。
これらの事情を総合的に考慮すると,本件特許出願日において「5.4~9.0mPa・s」の範囲を外れる粘度の豆乳飲料や発酵乳飲料が販売されていた事実は否定し得ないとしても,その範囲内の粘度の豆乳飲料や発酵乳飲料は一般に販売され,消費者に受け入れられていたものと解するのが相当である。
したがって,この点に関する原告の主張は採用できない。
原告(特許権者):サッポロホールディングス株式会社
被告(無効審判請求人):キッコーマン株式会社
(Keywords)サッポロ、キッコーマン、豆乳、豆乳発酵飲料、出願日後、追試、進歩性、粘度、無効審判、高部
執筆:高石秀樹(弁護士・弁理士)(特許ニュース令和元年6月17日の原稿を追記・修正したものです。)
監修:吉田和彦(弁護士・弁理士)
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