-知財高判平成31年(ネ)第10009号、令和元年6月27日判決(大鷹裁判長)-
<原判決>大阪地判平成28年(ワ)第6494号
1 信義則上の「無効の抗弁」制限について
本件の控訴審においては、上記各論点に加えて、特許庁の無効不立審決に対する審決取消訴訟を提起しなかった請求人・参加人以外の者(本件侵害訴訟の相被告人)も、侵害訴訟における同一の事実及び同一の証拠に基づく無効の抗弁を制限された。
無効不立審決に対する審決取消訴訟を提起しなかった請求人が無効の抗弁を制限された事案としては知財高判平成29年(ネ)第10086号「美肌ローラ」事件が存在したが、本判決は、無効の抗弁が制限される人的範囲を請求人・参加人以外の者に広げたものである。
このように、一定の関係がある他人が無効審判を請求し、無効不立審決に対する審決取消訴訟を提起しなかった場合には、侵害訴訟における無効の抗弁が制限されることがある。
この論旨は、一定の関係がある他人が無効審判を請求し、無効不立審決に対する審決取消訴訟を提起しなかった場合に限らず、審決取消訴訟を提起したが棄却されて確定した場合も同様であろう。したがって、何れにしても、被疑侵害者同士で共闘して防御する場合には、細心の注意を払う必要がある。
2 「●●●に用いられる」の充足論について
被告製品は,プラスチック製の筒部に薬剤分包用シートを巻いたものであり,ユーザが,この筒部の軸芯中空部分に,原告製の薬剤分包用ロールペーパの使用済み中空芯管を輪ゴムを巻いた状態で挿入することにより,両者が一体化される(=「一体化製品」)。本件では、この「一体化製品」が“サブコンビネーションクレーム”発明の技術的範囲に属するかが問題となった。
本控訴審判決は、「●●●に用いられる~」というクレーム文言は、物の発明の構造,機能等を特定する発明特定事項であり、●●●に「用いることが可能」であれば充足すると判示したうえで、●●●に実際に使用されるか否かは充足性判断に影響しないとして、“サブコンビネーションクレーム”特許の(間接)侵害を認めた。(結論は原判決と同じであるが、●●●に「用いることが可能」であれば充足することを明確に判示した。)
その他、一体化は利用者が行うため、特許権者は間接侵害を主張した(「のみ」要件、成立)。また、明確性要件違反、進歩性欠如、損害論が争われた(本稿では省略)。
本判決(知財高判平成31年(ネ)第10009号<大鷹裁判長>)は、以下のとおり判示して、維持審決に対して審決取消訴訟を提起せずに確定させた無効審判請求人のみならず、無効審判請求人と同視し得る立場にある者も、侵害訴訟において実質的に同一の理由及び同一の事実に基づく無効の抗弁を制限されることを判示した。この論旨は、一定の関係がある他人が無効審判を請求し、無効不立審決に対する審決取消訴訟を提起しなかった場合に限らず、審決取消訴訟を提起したが、請求が棄却されて確定した場合も同様であろう。
本件事案から得られる教訓としては、継続的な取引関係があり,共同被告として無効の抗弁を無効審判請求人と同じ主張をする場合、自らが無効審判請求人でなくても、無効審判請求人と同視し得る立場にあるとされ、無効の抗弁が制限される可能性があることに留意すべきということであろう。
(判旨抜粋)
「特許法167条…紛争の蒸し返しの防止及び紛争の一回的解決の要請は,無効審判手続においてのみ妥当するものではなく,侵害訴訟の被告が同法104条の3第1項に基づく無効の抗弁を主張するのと併せて,無効の抗弁と同一の無効理由による無効審判請求をし,特許の有効性について侵害訴訟手続と無効審判手続のいわゆるダブルトラックで審理される場合においても妥当する…。そうすると,侵害訴訟の被告が無効の抗弁を主張するとともに,当該無効の抗弁と同一の事実及び同一の証拠に基づく無効理由による無効審判請求をした場合において,当該無効審判請求の請求無効不成立審決が確定したときは,上記侵害訴訟において上記無効の抗弁の主張を維持することは,訴訟上の信義則に反するものであり,民事訴訟法2条の趣旨に照らし許されない。
…控訴人日進が原審及び当審において主張する乙22を主引用例とする本件訂正発明の進歩性欠如の無効理由は,確定した別件審決で排斥された『無効理由3』と実質的に同一の事実及び同一の証拠に基づくものと認められるから…許されない…。
…①控訴人セイエー及び控訴人OHUは,別件無効審判の請求人又は参加人のいずれでもないが,控訴人日進,控訴人OHU及び控訴人セイエーの3者間には,被告製品に関し,控訴人セイエーは控訴人OHUに対し,控訴人OHUは控訴人日進に対し被告商品をそれぞれ販売するという継続的な取引関係があり,本件特許が別件無効審判で無効とされた場合には,被控訴人の控訴人らに対する請求はいずれも理由がないことに帰するので,別件無効審判に関する利害は,控訴人ら3者間で一致していること,②控訴人セイエー及び控訴人OHUは,原審において,控訴人日進の主張する無効の抗弁と同一の無効の抗弁を主張し, また,控訴人日進とともに,別件無効審判の審判請求書…及び被控訴人作成の『口頭審理陳述要領書(2)』 …を書証として提出していることからすると,控訴人セイエー及び控訴人OHUは,別件無効審判の内容及び経緯について十分に認識し,別件無効審判における被告日進の主張立証活動を事実上容認していたものと認められること,上記①及び②の事実関係の下においては,控訴人セイエー及び控訴人OHUは,別件無効審判の請求人の控訴人日進と同視し得る立場にあるものと認めるのが相当であるから,確定した別件審決で排斥された『無効理由3』と実質的に同一の事実及び同一の証拠に基づく乙22を主引用例とする本件訂正発明の進歩性欠如の無効理由による無効の抗弁の主張をすることを控訴人セイエー及び控訴人OHUに認めることは,紛争の蒸し返しができるとすることにほかならないというべきである。したがって,控訴人セイエー及び控訴人OHUにおいても,控訴人日進と同様に,当審において乙22を主引用例とする進歩性欠如の無効理由による無効の抗弁を主張することは,訴訟上の信義則に反するものであり,民事訴訟法2条の趣旨に照らし許されないと解すべきである。」
本控訴審判決の半年前に、知財高判平成30年12月18日・平成29年(ネ)第10086号<鶴岡裁判長>が、以下のとおり判示して、維持審決に対して審決取消訴訟を提起せずに確定させた無効審判請求人は、侵害訴訟において実質的に同一の理由及び同一の事実に基づく無効の抗弁を制限されるとしていた。
(判旨抜粋)
「無効理由1は,本件無効審判請求と同じく,乙24公報に記載の主引例と乙25~31の1公報に記載の副引例ないし周知技術に基づいて進歩性欠如の主張をしたものであるから,無効理由1は本件無効審判請求と『同一の事実及び同一の証拠』に基づくものといえる。そして,本件審決は確定したから,被控訴人は無効理由1に基づいて本件特許の特許無効審判を請求することができない(特許法167条)。特許法167条が同一当事者間における同一の事実及び同一の証拠に基づく再度の無効審判請求を許さないものとした趣旨は,同一の当事者間では紛争の一回的解決を実現させる点にあるものと解されるところ,その趣旨は,無効審判請求手続の内部においてのみ適用されるものではない。そうすると,侵害訴訟の被告が無効審判請求を行い,審決取消訴訟を提起せずに無効不成立の審決を確定させた場合には,同一当事者間の侵害訴訟において同一の事実及び同一の証拠に基づく無効理由を同法104条の3第1項による特許無効の抗弁として主張することは,特段の事情がない限り,訴訟上の信義則に反するものであり,民事訴訟法2条の趣旨に照らし許されない…。…
無効理由2は,無効理由1と主引例が共通であり,本件審決にいう相違点1A及び相違点2Aについて,『生体に印加する直流電源に太陽電池を用いること』が周知技術である,あるいは,副引例として適用できることを補充するために,新たな証拠(…)を追加したものといえる。本件審決は,相違点1B及び相違点2Bに係る構成の容易想到性を否定し,相違点1A及び相違点2Aについては判断していないのであるから,被控訴人が相違点1A及び相違点2Aに関する新たな証拠を追加したとしても,相違点1B及び相違点2Bに関する判断に影響するものではない。そうすると,無効理由2は,新たな証拠(…)が追加されたものであるものの,相違点1B及び相違点2Bの容易想到性に関する被控訴人の主張を排斥した本件審決の判断に対し,その判断を蒸し返す趣旨のものにほかならず,実質的に『同一の事実及び同一の証拠』に基づく無効主張であるというべきである。したがって,本件審決が確定した以上,被控訴人は無効理由2に基づく特許無効審判を請求することができない。そうすると,無効理由2についても上記…において説示したところが妥当するから,被控訴人が本件訴訟において無効理由2に基づき特許無効の抗弁を主張することは許されない…。」
1.特許請求の範囲(【請求項1】)
A 非回転に支持された支持軸の周りに回転自在に中空軸を設け,中空軸にはモータブレーキを係合させ,中空軸に着脱自在に装着されるロールペーパのシートを送りローラで送り出す給紙部と,2つ折りされたシートの間にホッパから薬剤を投入し,薬剤を投入されたシートを所定間隔で幅方向と両側縁部とを帯状にヒートシールする加熱ローラを有する分包部とを備え,ロールペーパの回転角度を検出するために支持軸に角度センサを設け,上記中空軸と上記支持軸の固定支持板間で上記中空軸のずれを検出するずれ検出センサを設け,分包部へのシート送り経路上でシート送り長さを測定する測長センサを設け,ロールペーパを上記中空軸に着脱自在に固定してその固定時に両者を一体に回転させる手段をロールペーパと中空軸が接する端に設け,角度センサ及び測長センサの信号に基づいてシート張力をロールペーパ径に応じて調整しながら薬剤を分包するようにし,さらに角度センサの信号とずれ検出センサの信号との不一致により上記中空軸に着脱自在に装着されたロールペーパと上記中空軸とのずれを検出するようにした薬剤分包装置に用いられ,
B 中空芯管とその上に薬剤分包用シートをロール状に巻いたロールペーパとから成り,
C ロールペーパのシートの巻量に応じたシート張力を中空軸に付与するために,支持軸に設けた角度センサによる回転角度の検出信号と測長センサの検出信号とからシートの巻量が算出可能であって,その角度センサによる検出が可能な位置に磁石を配置し,
D その磁石をロールペーパと共に回転するように配設して成る
E 薬剤分包用ロールペーパ。
2.論点~“サブコンビネーションクレーム”発明の充足論(間接侵害の「のみ要件」に関する判示の検討は省略する。)
要するに、本件発明は、「構成要件Aの薬剤分包装置」に用いられる、構成要件B~Dの各構成を有する「薬剤分包用ロールペーパ」(構成要件E)である。
構成要件Aの「~に用いられ」というクレーム文言は、サブコンビネーションクレーム[i]であるから、「薬剤分包用ロールペーパ」という物の使用態様として、「構成要件Aの薬剤分包装置」と組み合わせて使用する態様を発明特定事項として記述した発明である。
本事件の問題は、本件発明の構成要件B~Dの構成を備える薬剤分包用ロールペーパが「構成要件Aの薬剤分包装置」に実際に使用される必要があるのか、それとも、「構成要件Aの薬剤分包装置」が存在するとすればこれ用いることができれば足りるのか、サブコンビネーションの相手方に実際に使用されるか否かが充足性判断に影響しないのかである。
なお、用途発明の充足論とパラレルであれば、用途発明が当該用途に用いるものとして販売等する必要があることと同様に、サブコンビネーションの相手方と組み合わせるものとして販売等することが必要であるという議論が成り立ち得る。しかしながら、本判決は、サブコンビネーションクレーム発明と用途発明とをパラレルに考えなかった。
以上に対し、本判決の具体的事案を離れて、①サブコンビネーションクレームの特許権侵害となるためにはサブコンビネーションの相手方と組み合わせて用いるものとして販売等することが必要か(当然のことながら、サブコンビネーションの相手方に実際に使用されることが必要となる)、更に関連論点として、②用途発明の特許権侵害が認められるためには常に当該用途に用いるためのものとして販売等する必要があるか、という論点が一般に問題となり得るため、本項4項において後述する。
3.本判決の概要
(1)構成要件Aの「用いられ」の意義について
本判決は、「本件訂正発明の特許請求の範囲(請求項1)の記載によれば,本件訂正発明は,構成要件AないしDの構成から成る『薬剤分包用ロールペーパ』(構成要件E)の物の発明であり,構成要件Aには,薬剤分包装置に関する事項が,構成要件B及びDには,『薬剤分包用ロールペーパ』の『中空芯管』,『ロールペーパ』及び『複数の磁石』(以下,これらを併せて『本件ロールペーパ等』)に関する事項が,構成要件Cにはその両者に関する事項がそれぞれ記載され,構成要件Aにおいて,薬剤分包用ロールペーパが薬剤分包装置に『用いられ』るものとして記載されている。
そして,構成要件A…にいう『用いられ』の用語については,『られる』の助動詞は,受け身とともに可能を示すものであること,物の発明の特許請求の範囲の記載は,物の構造,特性等を特定するものとして解釈すべきであることに鑑みると,『用いることが可能な』を意味するものと解するのが自然である。
次に,本件明細書には,構成要件Aの『薬剤分包装置に用いられ,』にいう『用いられ』の用語を定義した記載はなく,また,上記解釈に抵触する記載もない。
そうすると,構成要件Aの『用いられ』とは,『用いることが可能な』を意味すると解するのが相当である。」と判示した。
すなわち、本判決は、サブコンビネーションクレームにおける相手方の構成部分(例えば、「●●●に用いられる~」というクレーム文言における「●●●」の部分。)は、物の発明の構造,機能等を特定する発明特定事項であり、●●●に「用いることが可能」であれば、構成要件Aを充足すると判示したものである。(基本的に原判決と同じであるが、●●●に「用いることが可能」であれば、構成要件Aを充足することを明確に判示した。)
これらの判示を、本件発明のようなサブコンビネーションクレームは須らく(用途又は用法を定めたものでなく、)サブコンビネーションの相手方と組み合わせることが可能であれば充足するという一般論を示したと理解してよいか、事例判断に過ぎないかは俄かに判断し難い。
この点、後掲・知財高判(大合議)平成22年(ネ)第10015号「ごみ貯蔵機器」事件は、「被告は,本件特許発明1を実施しない用途,すなわちゴミ貯蔵用カセットをごみ貯蔵機器に吊り下げて使用しないタイプのごみ貯蔵機器(MARKⅡ)に限定して製造販売しているわけではなく,むしろ,自ら積極的にごみ貯蔵機器に吊り下げて使用するタイプのごみ貯蔵機器にも適合するものとしてイ号物件を製造販売しているのであり…,しかも,吊り下げて使用しないタイプの上記MARKⅡは平成18年には既にその販売が終了しているのであるから…,イ号物件は,本件発明1に係る特許権を侵害するものとして,差止めの対象となるというべきである。」と判示しており、当該サブコンビネーションの相手方と組み合わせて用いることを謳っていたことを事実認定している。
(2)一体化製品の充足性について
本判決は、「…構成要件Aのうち『ロールペーパの回転速度を検出するために支持軸に角度センサを設け』との記載は,本件ロールペーパ等の『複数の磁石』につき,支持軸の片端に設けられた「角度センサ」による「検出が可能な位置」(構成要件C)に配置されることを特定するものと理解でき,また,構成要件Aのうち『ロールペーパを上記中空軸に着脱自在に固定してその固定時に両者を一体に回転させる手段をロールペーパと中空軸が接する端に設け』との記載は,本件ロールペーパ等について,薬剤分包装置の中空軸と接する中空芯管の端に,中空軸と着脱自在に固定する手段を設けて,そのような態様で回転させられることを特定するものと理解できるし,構成要件Cの『測長センサ』も,構成要件Aの記載によって特定されると理解できる。そうすると,本件訂正発明の技術的範囲は,構成要件BないしDに記載された事項と,構成要件Aによる本件ロールペーパ等についての上記特定事項とから画されるものであるから,一体化製品が構成要件AないしEの構成を備えれば上記技術的範囲に属するものであって,一体化製品が構成要件Aによって特定される薬剤分包装置に実際に使用されるか否かは,一体化製品が上記技術的範囲に属するか否かの判断に影響を及ぼすものではないというべきである。」と判示した。
また、本判決は、被告ら(控訴人ら)の主張について「被告らは,原告製使用済み芯管に,輪ゴムを介してロールペーパを巻いたプラスチック筒部をセットした一体化製品が構成要件Aの『用いられ』を充足するためには,一体化製品に,構成要件Aを充足する薬剤分包装置に用いられる以外の用途が存在しないことが必要であると主張し,予備的に,仮にこれが認められないとしても,構成要件Aの『用いられ』は,薬剤分包用ロールペーパの構成又は構造を特定するものではなく方法的要素(ステップ)を要件としたものと考えられ,一体化製品は構成要件Aを充足する薬剤分包装置に用いられて初めて作用効果を奏するものであるから,現実に構成要件Aを充足する薬剤分包装置に用いられることが必要であると主張する。しかしながら,構成要件Aを充足する薬剤分包装置に使用可能な構成を有し,その他の構成要件をも充足するものとして薬剤分包用ロールペーパが生産,譲渡されれば,その時点で本件特許権の侵害は成立するのであって,その後に構成要件Aを充足する薬剤分包装置に当該ロールペーパが使用されるか否かは,特許権侵害の成否を左右するものではない。」と判示して、被告らの主張を斥けた。
同判示は、サブコンビネーションクレームである本件発明における相手方の構成部分は、物の発明の構造,機能等を特定する発明特定事項であることを前提とすれば、それに実際に使用されることまでは必要はないとしたものである。(後掲・知財高判(大合議)平成22年(ネ)第10015号「ごみ貯蔵機器」事件同旨)
4.関連裁判例の紹介(サブコンビネーションクレーム、用途発明における販売者等の主観に関する考察を含む)(二重下線部は、筆者が追加した。)
4-1.①サブコンビネーションクレームの特許権侵害となるためにはサブコンビネーションの相手方と組み合わせて用いるものとして販売等することが必要か
これまで、サブコンビネーションクレームで特許権者が勝訴した裁判例としては以下の3件が挙げられるところ、いずれも、サブコンビネーションクレームの特許権侵害となるためにサブコンビネーションの相手方と組み合わせて用いるものとして販売等することは必要でないとしている。
もっとも、常にこれが必要でないかは別問題である。本稿3-2.項において後述するとおり、「~用」というクレームにつき、当該用途に使用されるものとして販売しなければ(直接)侵害にならないとする事案と、「~用」という用途に使用することが可能であれば(直接)侵害になるという事案との区別は、物の客観的な構成を記載した発明特定事項に特徴が認められる発明であるか否かにより区別されると考える。そうであるとするならば、サブコンビネーションクレームの発明においても、サブコンビネーションの相手方に係る発明特定事項に特徴が認められる発明については、当該相手方と組み合わせて用いるものとして販売しなければ(直接)侵害にならないという考え方も有り得ると思われる。
・知財高判平成22年(ネ)第10063号「液体収納容器」事件<塩月裁判長>
(判旨抜粋)
「【請求項1】…記録装置に対して着脱可能な液体収納容器…」
「控訴人は,被告製品2はインクタンクを同時に複数交換する場合に作用効果を奏しない以上,本件発明1及び本件訂正発明1の構成を充足しない等と主張する。しかしながら,原判決が判示する,同色のインクタンクを同時にキャリッジに複数装着したときでも作用効果が奏される場面…は,必ずしも日常的ではないかもしれないが稀有なものということもできない。
控訴人の上記主張は,控訴人による実験結果…や操作ガイド…に基づくものであるが,同色のインクタンクを同時にキャリッジに複数装着したときにインクタンクの発光部が点滅し,以後の動作を停止したのは,プリンタ側の仕様によることも考えられるし,本件訂正発明1の実施品において常に同様の結果をもたらすとまでいうこともできないから,上記実験結果をもって直ちに,本件訂正発明1においては,同色のインクタンクを同時にキャリッジに複数装着したときに,インクタンクの誤装着がされた搭載位置を検出できない(作用効果を奏しない)とまではいうことができない。」
・知財高判(大合議)平成22年(ネ)第10015号「ごみ貯蔵機器」事件<飯村裁判長>
(判旨抜粋~充足論については、概ね第一審判決(東地H21(ワ)44391)を引用した。以下は、第一審判決の抜粋)
「【請求項4】 ごみ貯蔵機器の上部に備えられた小室に設けられたごみ貯蔵カセット回転装置に係合され回転可能に据え付けるためのごみ貯蔵カセットであって,…前記ごみ貯蔵カセットの支持・回転のために,前記ごみ貯蔵カセット回転装置と係合するように,前記外側壁から突出する構成と,を備え,前記ごみ貯蔵カセット回転装置から吊り下げられるように構成された,ごみ貯蔵カセット。」
「…本件特許の特許請求の範囲によると,本件発明1(請求項14)において,『ごみ貯蔵カセット』は,『回転可能に据え付ける』『ため』に『ごみ貯蔵機器の上部に備えられた小室に設けられたごみ貯蔵カセット回転装置に係合され』…,『ごみ貯蔵カセットの支持・回転の』『ために』,『ごみ貯蔵カセット回転装置と係合するように』,『外側壁から突出する構成』を備え…,『ごみ貯蔵カセット回転装置から吊り下げられるように構成』…されているから,本件発明1における『ごみ貯蔵カセット』は,ごみ貯蔵カセット回転装置に係合されて回転可能に据え付けられ,かつ,ごみ貯蔵カセット回転装置から吊り下げられる構成であることが認められるものの,特段,それ以外の用途に使用されることを排除するような記載は存在しない。また,本件特許の特許請求の範囲について,本件発明1(請求項14)以外の請求項…においても,ごみ貯蔵カセットを回転させるために,ごみ貯蔵カセットに係合し,ごみ貯蔵カセットを吊り下げるように構成されたごみ貯蔵カセット回転装置を備えた『ごみ貯蔵機器』…,又は,回転可能に据え付けるため,ごみ貯蔵カセット回転装置と係合し,ごみ貯蔵カセット回転装置から吊り下げられるように構成された『ごみ貯蔵カセット』…として構成要件が記載されているが,特段,それ以外の用途に使用されることを排除するような記載は存在しない。したがって,特許請求の範囲の記載からみる限り,本件発明1における『ごみ貯蔵カセット』については,上記用途等に限定されるものではないと解するのが相当である。…
イ号物件は…前記外側壁外周面の円周方向の等間隔の4箇所に欠け部を有する突出部とを備えており,当該突出部において,ごみ貯蔵カセット回転装置と係合し,ごみ貯蔵カセットが支持されるとともに,ごみ貯蔵カセット回転装置の回転とともに回転されること…が認められるから,…構成要件F…を充足する。イ号物件は,当該突出部において,ごみ貯蔵カセット回転装置と係合し,ごみ貯蔵カセット回転装置から吊り下げられるような状態になること…が認められるから,…構成要件G…を充足する。
…被告は,本件発明1のごみ貯蔵カセットは,ごみ貯蔵カセット回転装置と必ずしも係合させることなく,回転装置欠落ごみ貯蔵機器に取り付けて使用することが可能なものについては,明確に除外しているところ,イ号物件は,乙14文献に係る公知技術に属するものであり,回転装置を備えているMarkⅢ本体のみならず,ごみ貯蔵カセット回転装置と必ずしも係合させることなく,回転装置欠落ごみ貯蔵機器であるMarkⅡ本体にも取り付けて使用できる製品であるから,本件発明1の技術的範囲に属しないと主張する。しかしながら,前記…のとおり,本件発明1のごみ貯蔵カセットについて,上記のような用途等に限定して解するのは相当ではないから,被告の主張は本件構成要件の解釈という前提において見解を異にしており,採用することができない。
なお,被告の主張は,本件発明1の技術的範囲は,ゴミ貯蔵カセット回転装置から吊り下げられるような用途のゴミ貯蔵カセットに限定されるところ,イ号物件は回転装置欠落ごみ貯蔵機器にも使用されるのであるから,イ号物件を差止めの対象とすることは,公知技術の範囲についてまで権利行使を認めることになるから許されないとの趣旨とも解されるところ,被告は,本件特許発明1を実施しない用途,すなわちゴミ貯蔵用カセットをごみ貯蔵機器に吊り下げて使用しないタイプのごみ貯蔵機器(MARKⅡ)に限定して製造販売しているわけではなく,むしろ,自ら積極的にごみ貯蔵機器に吊り下げて使用するタイプのごみ貯蔵機器にも適合するものとしてイ号物件を製造販売しているのであり…,しかも,吊り下げて使用しないタイプの上記MARKⅡは平成18年には既にその販売が終了しているのであるから…,イ号物件は,本件発明1に係る特許権を侵害するものとして,差止めの対象となるというべきである。また,損害賠償請求についても,上記事情及び後記のとおり損害賠償請求の期間が本件特許が設定登録された平成21年11月6日以後のことであって,MARKⅡが販売終了した時期から約3年を経過していることにかんがみれば,被告において,本件特許権成立後に製造販売されたイ号物件が吊り下げて使用しないタイプに使用された事実を具体的に主張立証しない限り,損害賠償義務を免れるものではないというべきである(被告は,MARKⅡが現在でも多数使用されているとし,その旨の従業員の陳述書…を提出しているが,それ以上の具体的主張立証はしていない。)。」
・大阪地判平成23年(ワ)第13054号「剪断式破砕機の切断刃」事件<山田裁判長>
(判旨抜粋)
「【請求項1】…剪断式破砕機の切断刃において,前記切断刃を前記切断刃取付台に固定する前記固定ボルト孔の固定段部よりも入口側に,…固定ボルト孔の内面から半径方向に拡径する環状凹部で形成した係合部を具備させた…。」
「本件特許発明は,『剪断式破砕機の切断刃』…に係る物の発明であり,『前記切断刃を前記切断刃取付台に固定する前記固定ボルト孔の固定段部よりも入口側に,』…『該固定ボルト孔の内面から半径方向に拡径する環状凹部で形成した係合部を具備…している。『環状凹部で形成した係合部』は,その文言からして,固定ボルト孔内で環状に形成された凹部のことと解されるが,さらに『該切断刃の交換時に前記固定ボルト孔に挿入して拡径させる前記切断刃交換装置の押圧部材が係合するよう』…な形状でなければならず,そのような形状を備えることで,『切断刃交換装置の押圧部材を前記固定ボルト孔に挿入して拡径させることにより該押圧部材を切断刃と密接させ,該押圧部材とともに切断刃を一体的に前記切断刃取付台から半径方向に取外して交換』…できるものと解される。つまり,本件特許発明は,『剪断式破砕機の切断刃』の取外し技術に関するものであり,『切断刃交換装置の押圧部材を切断刃の固定ボルト孔内で拡径させた際,その押圧部材と係合するような』環状の凹部が固定ボルト孔内に形成されていることを特徴とするものといえる。ここで,『切断刃交換装置』は,『固定ボルト孔』に挿入され,その『押圧部材』を拡径させることにより切断刃と密接させられるという形状及び構造を有し,その『押圧部材とともに切断刃を一体的に前記切断刃取付台から半径方向に取外して交換』するとの機能を有するものであるが,それ以上の具体的な特定は,特許請求の範囲においてなされていない。ただし,『切断刃交換装置』及びその『押圧部材』は,上記検討のとおり,『環状凹部』の機能に基づく形状など,あくまで『剪断式破砕機の切断刃』の構成を特定するための記載であり,『切断刃交換装置』及びその『押圧部材』自体が,本件特許発明の構成の一部を成しているわけではないと解される。…
本件特許発明は,『剪断式破砕機の切断刃』に係る物の発明であり,その固定ボルト孔の内面で環状に形成されている凹部(半径方向に拡径している)を備えるものであるが,その環状の凹部が,本件明細書…に記載されているような切断刃交換装置の押圧部材を固定ボルト孔内で拡径させた際,その押圧部材と係合するものであれば,構成要件…を充足する…。一方,『切断刃交換装置』及びその『押圧部材』は,『剪断式破砕機の切断刃』の構成を特定するための記載であり,『切断刃交換装置』及びその『押圧部材』自体が,本件特許発明の構成の一部を成すという被告の主張は採用できない。」
4-2.②用途発明の特許権侵害が認められるためには常に当該用途に用いるためのものとして販売等する必要があるか[ii]
(1)“用途発明”に関する議論は、裁判例が錯綜しており、特許請求の範囲が「~用」という文言であっても、“用途発明”として「実際に当該用途に使用されるものとして販売している」場合でなければ(直接)侵害にならないとする裁判例が多数あるが、他方、「~用」という用途ないし使用方法に使用できれば(直接)侵害になるという裁判例も散見される。
これは、①其々の事案における特許発明が“用途発明”の定義に該当するか否かの判断が異なるという観点から分析可能であるし、②“用途発明”には「当該用途に使用されるものとして販売」されなくても(直接)侵害になる類型もあるという観点からも分析可能である。
何れにしても、特許請求の範囲が「~用」というクレーム文言を含む発明に係る特許権を侵害するか否かを判断する際に、問題となっている事案において当該用途に使用されるものとして販売しなければ(直接)侵害にならないか否かは結論を左右する重要事項であるから、拙稿「『用途発明』の権利範囲について(直接侵害・間接侵害)」(パテント誌2017年1月号)において、この点を類型化して整理した。以下に再掲する。
(2-1)①「用途発明」の定義を限定的に解釈するというアプローチ
ア.審査基準には、「用途発明とは、(ⅰ)ある物の未知の属性を発見し、(ⅱ)この属性により、その物が新たな用途への使用に適することを見いだしたことに基づく発明をいう」と説明されている。(特許・実用新案審査基準第Ⅲ部第2章第4節3.1.2)
もっとも、このように「用途発明」を定義したところで、「~用」というクレーム文言が如何なる限定事項となるかは別問題である。
裁判例を見ると、東京地判平成4年10月23日・平成2年(ワ)第12094号「アレルギー性喘息の予防剤」事件は、「既に公知の物質である…化合物について…新しい性質を発見し、これを利用して未知の用途…を考え出した、いわゆる用途発明である。」と判示した。
また、大阪高判昭和61年8月27日・昭和58年(ネ)第1150号「ゴルフコース用ゴルフバツグ搬送循環軌道装置」事件は、「用途考案はもともと考案性のない物を、その物にとつて新しい用途に条件を付して利用することについての考案である」と判示した。(知財高判平成26年10月23日・平成26年(ネ)第10051号同旨)
これらの各裁判例は、「用途発明」とは、用途以外の発明特定事項に特徴(従来技術との実質的な相違点となる技術事項)がない発明(考案を含む)をいうと限定的に定義した上で、このような限定的な意味の「用途発明」は、用途に使用されるものとして販売しなければ(直接)侵害にならないとしたと理解できる。
イ.対照的な裁判例として、大阪地判昭和55年10月31日・昭和54年(ワ)第4824号「子供乗物用タイヤーの製造方法」事件が挙げられる。同裁判例は、「本件特許発明は製造方法の発明すなわちタイヤの製造手段に特徴を有する発明であつて、用途に発明の特徴を有するいわゆる用途発明ではない。したがつて、本件特許発明の…『子供乗物用タイヤ』を右に表現されている用途にのみ限定して解釈することは相当でない。」と判示して(直接)侵害を認めた事案であり、用途以外の発明特定事項に特徴が認められる発明について、「~用」というクレーム文言は発明の技術的範囲を限定しないと判断した。
また、大阪地判平成23年(ワ)第13469号「ペットのトイレ仕付け用サークル」事件も、同様の判断をした裁判例として挙げられる。同裁判例は、「本件発明において,『収容したペットのトイレの仕付けを行う』,『住居スペースとトイレスペースに区画』とされているのは,本件発明のペット用サークルの用途に関するものであるところ,本件発明は,既知の構成に新規の用途を見出したことを特徴とする発明ではなく,ペット用サークルの構成自体を特徴とする発明と解されるから,上記各文言は,当該ペット用サークルについて,トイレの仕付けのために住居スペースとトイレスペースとに分けて使用することが可能な構成であることを意味するにすぎず,当該用途に使用されることが必須であるとは解されない。」と判示した判決であり、「既知の構成に新規の用途を見出したことを特徴とする発明」でないことを理由に、「ペットのトイレ仕付け用」というクレーム文言は、ペットのトイレ仕付け用に使用することが可能な構成を有していれば足り、当該用途に使用されるものとして販売される必要性はないと判示したものであり、用途以外の発明特定事項に特徴が認められる発明については、いわゆる用途発明として、当該用途に使用されるものとして販売しなければ(直接)侵害にならない類型に属しないと判断したものである。
ウ.これらの裁判例に照らすと、「用途発明」の定義の問題として、用途以外の発明特定事項に特徴がない発明については、当該用途に使用されるものとして販売しなければ(直接)侵害にならないのに対し、他方、用途以外の発明特定事項に特徴がある発明については、当該用途に使用されるものとして販売されなくても(直接)侵害になりうるという類型化が可能であると考えられる。
このような類型化は、医薬発明について言えば、物質特許そのものではないとしても、新規化合物を医薬品として用いた「第一医薬用途発明」においては、当該新規化合物に新規性・進歩性が認められる余地があることから、公知化合物を医薬品として用いた「第二医薬用途発明」と異なり、特許請求の範囲に記載された用途に厳密に捉われないクレーム解釈がなされる余地があると思われる。(医薬発明を特別扱いすることなく、他の裁判例と平仄を合わせる解釈を試みれば、理論上余地があるという議論である。)
この点につき、職務発明の対価請求事件における発明者の特定に関する事案であるが、東京地判平成17年(ワ)第14399号(知財高判平成17年(ネ)第10125号「内膜肥厚の予防,治療剤(シロスタゾール)」事件が物質発明及び第一用途発明の日本特許出願に係る対価請求事件であった。同事件は、対応米国特許出願に係る対価請求事件であった。)は、「本件発明は、物質発明及び当該物質の特定の性質を専ら利用する物の発明(用途発明。請求項25ないし28)であるところ、物質発明の本質は、有用な物質の創製、すなわち、新しい物質が創製されることと、その物質が有用であることにあるということができる。また、本件の用途発明(請求項25ないし28)は、既に存在する物質の特定の性質を発見し、それを利用するという意味での用途発明ではなく、物質発明に係る物質についてその用途を示す、いわば物質発明に基づく用途発明であり、その本質は、物質発明の場合と同様に考えることができる。」と判示して、生物活性測定方法を工夫したに過ぎない原告は、物質の合成自体を担当していたわけではなく、合成の方向性を示唆するまでの分析、考察等を行った事実もないと認定し、物質発明についても、用途発明についても、共同発明者性を否定した。同裁判例は、発明者性の論点ではあるが、公知でない物質に係る第一医薬用途発明の場合(物質発明も成立する場合)は、用途発明と物質発明とを同様に考えることができるとした点において、参考になると思われる。
エ.ところで、大阪地判平成15年(ワ)第860号「点検口の蓋の取付方法に使用される取付具」事件は、「物の発明においては、原則として、物の構成をもってその内容を把握すべきであり、構成要件の中に、物の客観的な構成のほかに、特定の用途や使用方法に用いることが記載されていたとしても、その用途や使用方法に適するようにするために物の構成が特定の構成に限られることがなければ、それらの用途や使用方法の記載は、発明の構成を更に限定するものではないというべきである。そして、そのような場合、発明の構成は、物の客観的な構成を記載した部分によって明らかにされているものと解すべきである。」と判示して(直接)侵害を認めたが、いわゆる「用途発明」を一切否定したと理解するべきではなく、用途以外の発明特定事項に特徴が認められた事案であり、新規な「用途」により初めて新規性・進歩性が認められる事案ではなかったと理解すべきである。
(2-2)②「~用」というクレーム文言の意義を事案毎に解釈するというアプローチ
ア.≪類型①≫用途に使用されるものとして販売しなければ(直接)侵害にならないとした裁判例群(典型的な“用途発明”の考え方に合致する裁判例群)
(ア)東京地判平成4年10月23日・平成2年(ワ)第12094号「アレルギー性喘息の予防剤」事件は、医薬用途が添付文書中に記載されていた事案であり、差し止めが認められる範囲という問題はあったものの、用途発明としての実施については、問題とならなかった。
(イ)職務発明の対価請求事件であるが、知財高判平成17年(ネ)第10125号「内膜肥厚の予防,治療剤(シロスタゾール)」事件は、「医薬品の用途発明においては,当該用途に使用されるものとして当該医薬品を販売すれば,発明の実施に当たるということができるのであり,このことは必ずしも薬事法上の承認の有無とは直接の関係がないというべきであって,仮にその販売が薬事法上の問題を生じ得るとしても,実際に当該用途に使用されるものとして販売している以上,当該用途発明を実施しているというべきである」として、「実際に当該用途に使用されるものとして販売している」場合は用途発明の実施になるという一般論を前提として、「本件製剤に再狭窄予防効果等があることをその特性として積極的に位置付けた販売活動を行っていたものであり,…循環器科医師等の間でシロスタゾールがPTCA後の再狭窄予防の薬剤として広く認知されるようになった…」と事実認定をして、このように積極的なプロモーション活動を行っていた当該事案においては、薬事法上の添付文書に記載されていない適用外処方であっても、医薬用途発明の実施にあたると判断した。
(ウ)知財高判平成22年(ネ)第10091号「重金属固定化処理剤」事件は、「…飛灰中の重金属固定化処理剤」という特許請求の範囲であった事案につき、「本件においては,…A社ないしE社に販売された参考製品2の用途が飛灰用重金属固定化処理剤であったかどうかが問題となっている…。」として、販売された製品の用途を争点として明示的に取り上げた上で、この点を判断した。
同判決は、「…参考製品2の全てがA社ないしE社に販売されたことが認められるところ,A社ないしE社が,いずれもピペラジン系の飛灰用重金属固定化処理剤の販売に係る事業を行い,又は同事業に関与する業者であることが認められる一方で,A社ないしE社が,参考製品2の販売された期間に対応する時期に,ピペラジン系の重金属固定化処理剤を飛灰処理用以外の用途に係る製品として販売していたとの事実を認めるに足りる証拠はないのであり,以上の事情は,参考製品2が飛灰用重金属固定化処理剤をその用途とする薬剤として製造,販売されたことを積極的に窺わせる事情ということができる」として、「飛灰用」という用途に使用されるものとして販売されたと事実認定した。
更に、同判決は、「…1審被告は,化学製品の製造及び販売を業とする株式会社であり,中間製品を含む被告製品の販売数量に鑑みても,特段の事情がない限り,中間製品を含むその製造及び販売に係る製品の用途について認識していたものと推認するのが相当であり…」とも判示しており、被疑侵害者が当該用途について認識していたことも必要であることを前提としている。
(エ)大阪地判平成2年(ワ)第2886号「田畑用発芽助長保護マット」事件は、「発明・考案の対象物をいかなる目的に使用するかということは、本来用途発明等特別の場合を除き、一般的には侵害の成否には関係のない事柄であり、本件においても、右のような一般論からすれば、本件考案の対象物は田畑用発芽助長保護マットであり、被告製品の構造が本件考案の構造と同一であり、田畑用発芽助長保護マットに転用可能であるとすれば、それは客観的には本件考案の作用効果を奏し得るから、本件考案の技術的範囲に属するということになるはずである。」と一般論を述べながら、当該事案については、「〈1〉本件考案の出願当時の公知技術、〈2〉明細書の記載内容、〈3〉本件実用新案登録出願から登録査定に至る経過、〈4〉原告の出願にかかる先願発明の技術的範囲との関係、〈5〉本件実用新案登録出願前に被告製品及び同種製品が既に開発されていた事実に照らして考えると、本件考案は、その対象物を田畑用発芽助長保護マットに限定したものであり、本件考案の技術的範囲は土木工事用資材のやしマットには及ばないと解さざるを得ない…」と判示して、被疑侵害者が当該用途について認識していたことも必要であるとした。
(オ)以上のとおり、当該用途に使用されるものとして販売しなければ(直接)侵害にならない≪類型①≫においては、被疑侵害者が、当該用途に使用されるものとして販売している認識も必要であるといえる。
イ.≪類型②≫「~用」に使用可能であれば(直接)侵害になるとする裁判例群
(ア)東京地判平成15年(ワ)第3552号「水晶振動子」事件は、「外周面位置決め用片ないし保持容器頂面位置決め用片を水晶振動子本体アース用外部端子としたことを特徴とする水晶振動子」という特許請求の範囲であった事案につき、「実装時にアース用端子をアースすることにより保持容器にシールド効果が生じ,ノイズに強い水晶振動子として使用できるという構成を有していれば,それ以上に,…アース用外部端子として使用できることを明示して販売したり,購入者が実際にアース用外部端子として使用する必要はない…。被告製品は,いずれも保持容器と外部端子間が導通しているから接触しているということができ,また,実装時にアースすることにより使用することが可能な構成を有していると認められ,その結果,保持容器にシールド効果が生じ,ノイズに強い水晶振動子として使用できるのであるから,構成要件Eを充足する。…」と判示した、
この裁判例は、「アース用」というクレーム文言は、アース用に使用することが可能な構成を有していれば足り、当該用途に使用されるものとして販売される必要性はないとして、特許権者の差止請求を認容した。(損害論では、「アース用」でない製品があるという事情を参酌して、実施料率を判断した。)
(イ)大阪地判平成23年(ワ)第6878号「着色漆喰組成物の着色安定化方法」事件は、「着色漆喰組成物に構成要件B1記載の物質を含有させ,かつ,その『白色成分』を構成要件C1で特定されている物質の組み合わせとする方法を意味する」と判断した上で、被告の主張に対し、「着色漆喰組成物の組成が上記各構成要件を客観的に充足するよう調整,調合すれば,着色安定化方法を使用したというべきであり,酸化チタンを配合する目的が光触媒機能を得ることにあったとしても,この結論を左右するものではない。」と判示した。
この裁判例は、「~用」というクレーム文言ではないが、「着色安定化方法」という方法のクレーム文言であるにもかかわらず、各構成要件を客観的に充足するよう調整,調合すれば,着色安定化方法を使用したことになると判断して、使用者に「着色安定化」という主観(目的、認識)は不要であるとした。
(ウ)上掲大阪地判平成23年(ワ)第13469号「ペットのトイレ仕付け用サークル」事件は、「本件発明において,『収容したペットのトイレの仕付けを行う』,『住居スペースとトイレスペースに区画』とされているのは,本件発明のペット用サークルの用途に関するものであるところ,本件発明は,既知の構成に新規の用途を見出したことを特徴とする発明ではなく,ペット用サークルの構成自体を特徴とする発明と解されるから,上記各文言は,当該ペット用サークルについて,トイレの仕付けのために住居スペースとトイレスペースとに分けて使用することが可能な構成であることを意味するにすぎず,当該用途に使用されることが必須であるとは解されない。」と判示した。
この裁判例は、「既知の構成に新規の用途を見出したことを特徴とする発明」でないことを理由に、「ペットのトイレ仕付け用」というクレーム文言は、ペットのトイレ仕付け用に使用できる構成を有していれば足り、当該用途に使用されるものとして販売される必要性はないと判示したものであり、用途以外の発明特定事項に特徴がない発明では、典型的な意味でのいわゆる用途発明、すなわち、当該用途に使用されるものとして販売しなければ(直接)侵害にならない類型に属しないと判断したものである。
(エ)上掲大阪地判昭和55年10月31日・昭和54年(ワ)第4824号「子供乗物用タイヤーの製造方法」事件は、「本件特許発明は製造方法の発明すなわちタイヤの製造手段に特徴を有する発明であつて、用途に発明の特徴を有するいわゆる用途発明ではない。したがつて、本件特許発明の構成要件(6)にいう『子供乗物用タイヤ』を右に表現されている用途にのみ限定して解釈することは相当でない。」と判示して、(直接)侵害を認めた。
この裁判例も、「子供乗物用」というクレーム文言は、子供乗物用のタイヤとして用いることができるタイヤの製造方法を使用していれば足り、当該用途に使用されるタイヤの製造方法として使用される必要性はないとした。
(オ)以上のとおり、当該用途に使用されるものとして販売しなくても(直接)侵害になるという≪類型②≫においては、当然ながら、被疑侵害者が、当該用途に使用されるものとして販売している主観(目的、認識)は不要である。
ウ.≪類型①≫及び≪類型②≫の区別
上掲≪類型①≫及び≪類型②≫の区別については、上掲した「(1)『用途発明』の定義を限定的に理解する観点」と同様に考察することができると思われる。すなわち、用途以外の発明特定事項に特徴(従来技術との実質的な相違点となる技術事項)が認められない発明は、当該用途に使用されるものとして販売しなければ(直接)侵害にならないのに対し、用途以外の発明特定事項に特徴が認められる発明は、当該用途に使用されるものとして販売されなくても(直接)侵害になるという区別が可能であると考えられる。
実際、東京地判平成2年(ワ)第12094号「アレルギー性喘息の予防剤」事件、知財高判平成17年(ネ)第10125号「内膜肥厚の予防,治療剤(シロスタゾール)」事件、知財高判平成22年(ネ)第10091号「重金属固定化処理剤」事件、及び、大阪地判平成2年(ワ)第2886号「田畑用発芽助長保護マット」事件は、何れも、公知物質の用途を発見した発明であり、用途が特許発明の新規性・進歩性を基礎付ける特徴であり、用途以外の発明特定事項において特徴が認められない発明であった。
他方、東京地判平成15年(ワ)第3552号「水晶振動子」事件、大阪地判平成23年(ワ)第6878号「着色漆喰組成物の着色安定化方法」事件、大阪地判平成23年(ワ)第13469号「ペットのトイレ仕付け用サークル」事件、大阪地判昭和54年(ワ)第4824号「子供乗物用タイヤーの製造方法」事件は、「~用」というクレーム文言以外の発明特定事項に特徴を有する事案であった。(例えば、「ペットのトイレ仕付け用サークル」事件は、結果的には、進歩性が否定されて無効の抗弁が成立した事案であったが、既知の構成に「ペットのトイレ仕付け用」という新規な用途を見出したことを特徴とする発明ではなく、ペット用サークルの構成自体を特徴とする発明と解される、と判示されている。)
このような理解は、上掲大阪地判平成15年(ワ)第860号「点検口の蓋の取付方法に使用される取付具」事件が、「物の発明においては、原則として、物の構成をもってその内容を把握すべきであり、構成要件の中に、物の客観的な構成のほかに、特定の用途や使用方法に用いることが記載されていたとしても、その用途や使用方法に適するようにするために物の構成が特定の構成に限られることがなければ、それらの用途や使用方法の記載は、発明の構成を更に限定するものではないというべきである。そして、そのような場合、発明の構成は、物の客観的な構成を記載した部分によって明らかにされているものと解すべきである。」と判示して(直接)侵害を認めたこととも整合的に説明可能である。すなわち、用途以外の発明特定事項において特徴が認められる≪類型②≫の発明の場合は、物の客観的な構成を記載した部分に新規性・進歩性が認められなければ特許権者は勝訴できないことを前提に、物の客観的な構成を記載した部分に新規性・進歩性が認められる場合は、「~用」という用途に使用されるものとして販売されていなくても(直接)侵害になると整理できる。
(3)小括
以上のとおりであるから、「用途発明」の定義を限定的に理解する観点からも、「~用」というクレーム文言の意義を事案毎に解釈するという観点からも、当該用途に使用されるものとして販売しなければ(直接)侵害にならないとする事案と、「~用」という用途に使用することが可能であれば(直接)侵害になるという事案との区別は、「~用」というクレーム文言にかかわらず、物の客観的な構成を記載した発明特定事項に特徴が認められる発明であるか否かにより区別されると考える。
もっとも、「~用」という用途に使用することが可能であれば(直接)侵害になる類型に分類されるために、物の客観的な構成を記載した発明特定事項で進歩性が必須とまでは考えられない。何故なら、発明として進歩性が認められないが、非充足論で請求棄却するときもあるからである。例えば、大阪地判平成23年(ワ)第13469号「ペットのトイレ仕付け用サークル」事件は、「ペットのトイレ仕付け用」に使用することが可能であれば発明の技術的範囲に属するとした上で、進歩性を否定して無効の抗弁を認めた。
*上掲した“サブコンビネーションクレーム”発明についても用途発明と同様に、サブコンビネーションの相手方に係る発明特定事項に特徴が認められる発明については、当該相手方と組み合わせて用いるものとして販売しなければ(直接)侵害にならないという考え方も有り得ると思われる。
(原告:被控訴人)株式会社湯山製作所
(被告:控訴人) 日進医療器株式会社、株式会社セイエー、OHU株式会社、他
(Keywords)特許、湯山、日進、セイエー、OHU、ロールペーパ、無効の抗弁、信義則、同一の事実、同一の証拠、控訴審、大阪地判、大鷹、用いられ、継続的な取引関係、共同被告、同視し得る立場、特許法167条、サブコンビネーションクレーム、用途発明、間接侵害、のみ、一体化製品、平成22年(ネ)第10015号、ごみ貯蔵機器
執筆:高石秀樹(弁護士・弁理士)(特許ニュース令和元年11月11日の原稿を追記・修正したものです。)
監修:吉田和彦(弁護士・弁理士)
本件に関するお問い合わせ先: h_takaishi@nakapat.gr.jp
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中村合同特許法律事務所
[i] 「サブコンビネーション発明」とは,典型的には,2つ以上の物を組み合わせた物の発明(コンビネーション発明)を構成する個々の物のみに焦点を当てた発明であり,物の使用態様として,他方の物と組み合わせて使用する態様を発明特定事項として記述した発明をいう。
[ii] 拙稿「『用途発明』の権利範囲について(直接侵害・間接侵害)」(パテント誌2017年1月号、77頁)