◆判決本文
本件明細書の発明の詳細な説明には,…同じ設計の動吸振器であれば,回転する油質量体の下では,次数値が低くオフセットされるから,その抑制次数に相当する分だけ高い次数値への次数オフセットをすることが,遠心力に抵抗する油影響から結果的に生じる作用を考慮することになることが示され,この記載の対応する限度では,当業者は,本件発明の課題…を解決できるものと認識できる…。
しかし,…特許請求の範囲には,次数オフセットqFについての具体的な設定の手法等を特定する記載はなく,…任意に設定された次数オフセットqFだけ高い次数値への次数オフセットをする場合も含まれるというべきであるが,このような任意に設定した次数オフセットqFをとった場合については,本件明細書の記載から当業者が本件発明の課題を解決できるものと認識できるとはいえない。
1.特許請求の範囲(【請求項1】)
「【請求項1】 駆動装置と被駆動装置との間で出力伝達するための力伝達装置(1)であって,少なくとも1つの入力体(E)と,出力体(A)と,少なくとも部分的に運転媒体である油で充填可能な室内に配置された振動減衰装置(3,4)とが設けられており,該振動減衰装置(3,4)が,回転数適応型の動吸振器(5)に連結されている形式のものにおいて,回転数適応型の動吸振器(5)が,油影響に関連して,駆動装置の励振の次数qよりも所定の次数オフセット値qFだけ大きい有効次数qeffに設計されていることを特徴とする,駆動装置と被駆動装置との間で出力伝達するための力伝達装置。」
2.本判決の概要(サポート要件)
(1)本判決は、サポート要件の判断基準として、「特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断する」とした。
この判断基準は、裁判例として確立している(知財高判(大合議)平成17年(行ケ)第10042号「偏光フィルムの製造法」事件、知財高判平成23年(行ケ)第10147号「ピオグリタゾン」事件等)。
(2)続いて、本判決は、上記判断基準へのあてはめとして、課題を発明の詳細な説明中の段落【0009】と同様に把握した上で、以下のとおり判示してサポート要件違反とした。
(判旨抜粋)
「…本件発明1の特許請求の範囲には,『所定の次数オフセットqF』について,『油影響に関連して』設定されるものであることのほかに具体的な設定の手法等についての特定はないから,『回転数適応型の動吸振器(5)が,油影響に関連して,駆動装置の励振の次数qよりも所定の次数オフセット値qFだけ大きい有効次数qeffに設計されている』とは,『油影響』を受ける状況下においては,動吸振器の次数が低下することから,任意の値の次数オフセットにより,動吸振器をオーバーチューニングしたという程度の意味に解される。
そして,本件明細書の発明の詳細な説明には,① 図3に関連する【0038】,【0039】の記載から,同じ設計の動吸振器であれば,回転する油質量体の下では,次数値が低くオフセットされるから,その抑制次数に相当する分だけ高い次数値への次数オフセットをすることが,遠心力に抵抗する油影響から結果的に生じる作用を考慮することになることが示され,この記載の対応する限度では,当業者は,本件発明の課題(上記1(3)ウ)を解決できるものと認識できるといえる。
しかし,上記のとおり,特許請求の範囲には,次数オフセットqFについての具体的な設定の手法等を特定する記載はなく,② 本件明細書【0043】のとおり,任意に設定された次数オフセットqFだけ高い次数値への次数オフセットをする場合も含まれるというべきであるが,このような任意に設定した次数オフセットqFをとった場合については,本件明細書の記載から当業者が本件発明の課題を解決できるものと認識できるとはいえない。
そうすると,本件発明1は,当業者が発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとはいえないから,サポート要件に適合するとはいえない。」
なお、「上記1(3)ウ」は、「本件発明の課題は,上記アの形式の力伝達装置,特にハイドロダイナミック式の構成要素と,回転数適応型の動吸振器を備えた少なくとも1つの振動減衰装置とを備えた力伝達装置を改良して,大きな回転数範囲にわたって回転むらを最適な形式で抑制することができ,車両のパワートレーンへの使用時に原動機と協働する上記形式の力伝達装置の全運転範囲にわたって,最適な走行特性,特に高い走行快適性を力伝達装置の伝達挙動によって保証することができるようにすることである。(【0009】)」である。
3.関連裁判例の紹介
3-1.発明の「課題」の認定について
(1)サポート要件の判断基準は、「…発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断する」という考え方が確立している(知財高判平成23年(行ケ)第10147号「ピオグリタゾン」事件等)。
したがって、サポート要件を判断するために、「当該発明の課題」を如何に把握するかが前提問題となる。
ここで、発明の「課題」を具体的に認定するか抽象的に認定するかは、サポート要件と進歩性とでバーターの関係にある。すなわち、発明の「課題」を具体的に(高いレベルで)捉えると進歩性は認められ易くなるものの、そのような具体的な(高いレベルの)課題はサポートされていないと判断される懸念が高まる。逆に、発明の「課題」を抽象的に(低いレベルで)捉えるとサポート要件は認められ易くなるが、技術分野・課題の共通性を理由に、進歩性が否定される懸念が高まる。両要件の関係を整理すると、以下のとおりである
●発明の「課題」とサポート要件
・「課題」を上位概念で、抽象的に認定 ⇒ サポート要件○の方向性
・「課題」を下位概念で、具体的に認定 ⇒ サポート要件×の方向性
●発明の「課題」と進歩性判断
・「課題」を上位概念で、抽象的に認定 ⇒ 進歩性×の方向性
・「課題」を下位概念で、具体的に認定 ⇒ 進歩性○の方向性
(本件発明と引用発明との「課題」の相違が、組合せの容易性に影響する。)
(2)この点に関する近時の重要判決は、知財高判平成30年4月13日 (大合議)平成28年(行ケ)第10182号「ピリミジン誘導体」事件である。同判決は、以下のとおり判示して、サポート要件の判断に進歩性の判断を取り込むべきではないとした。もっとも、同大合議判決は、サポート要件と進歩性における「課題」のダブルスタンダードを許容したものではなく、むしろ、ダブルスタンダードであると指摘した原告(無効審判請求人)の主張を斥けている。
(判旨抜粋)
「原告は、…進歩性が認められるためには,甲2の一般式(I)の他の化合物に比較し顕著な効果を有する必要があるところ,選択発明としての進歩性が担保できない『コレステロールの生合成を抑制する医薬品となり得る程度』という程度では,本件出願当時の技術常識に比較してレベルが著しく低く不適切である旨主張する。
しかし,サポート要件は,発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると,公開されていない発明について独占的,排他的な権利が発生することになるので,これを防止するために,特許請求の範囲の記載の要件として規定されている…のに対し,進歩性は,当業者が特許出願時に公知の技術から容易に発明をすることができた発明に対して独占的,排他的な権利を発生させないようにするために,そのような発明を特許付与の対象から排除するものであり,特許の要件として規定されている(特許法29条2項)。そうすると,サポート要件を充足するか否かという判断は,上記の観点から行われるべきであり,その枠組みに進歩性の判断を取り込むべきではない。 …サポート要件の判断は,特許請求の範囲の記載及び発明の詳細な説明の記載につき,出願時の技術常識に基づき行われるべきものであり,その判断が,特許権者の審判段階の主張により左右されるとは解されない。」
(3)ピリミジン大合議判決を受けて、知財高判平成30年5月24日平成29年(行ケ)第10129号「ライスミルク」事件<鶴岡裁判長>は、明細書中に発明の課題として「コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供すること」が記載されているにもかかわらず、…異議決定が課題を『実施例1-1のライスミルクに比べてコク(ミルク感),甘味及び美味しさについて有意な差を有するものを提供すること』と認定し直したことは,発明の詳細な説明から発明の課題が明確に読み取れるにもかかわらず,その記載を離れて(解決すべき水準を上げて)課題を再設定するものであり,相当でない。」として、明細書中の記載よりも高いレベルの課題を認定してサポート要件違反とした異議決定を取り消した。
なお、同判決は、「サポート要件の適否を判断する前提としての当該発明の課題についても,原則として,技術常識を参酌しつつ,発明の詳細な説明の記載に基づいてこれを認定するのが相当である。…(…サポート要件の適否に関しては,発明の詳細な説明から当該発明の課題が読み取れる以上は,これに従って判断すれば十分なのであって,出願時の技術水準を考慮するなどという名目で,あえて周知技術や公知技術を取り込み,発明の詳細な説明に記載された課題とは異なる課題を認定することは必要でないし,相当でもない。出願時の技術水準等との比較は,行うとすれば進歩性の問題として行うべきものである。)。」と判示した。
(4)このような、ピリミジン大合議判決、「ライスミルク」事件判決がなされた背景としては、ピリミジン大合議以前の平成27年末頃から平成29年末にかけてサポート要件の判断が厳しく、特に、発明の「課題」を具体的に(高いレベルで)具体的に認定し、サポート要件違反とした裁判例が多かったことが挙げられる。ここでは、以下に2件の裁判例を紹介しておく。
(4-1)知財高判平成28年(行ケ)第10042号「潤滑油組成物」事件は、比較例と比較して物性が少し改善しただけでは課題を解決できていないとして、サポート要件違反とした。
(判旨抜粋)「数値範囲の下限値により近いような『潤滑油基油』であっても,本願発明の課題を解決できることを示す…出願当時の技術常識の存在を認めるに足りる証拠はない。
…本願発明は,特許請求の範囲において,『本発明に係る潤滑油基油成分』の含有割合が『基油全量基準で10質量%~100質量%』であることを特定するものである以上,当該数値の範囲において,本願発明の課題を解決できることを当業者が認識することができなければ,本願発明はサポート要件に適合しない…。…
…原告の上記主張は,比較例3と比べて,少しでも本願発明の課題に関連する物性が改善したものは全て,本願発明の課題を解決できることを前提とするものと解されるが,…本願発明の課題を解決できるというためには,…比較例1ないし3で代表される従来の技術水準を超えて,実施例1ないし6と同程度に優れたものとなることが必要である…。」
(4-2)知財高判平成27年(ネ)第10114号「医療用ガイドワイヤ」事件は、発明の課題を解決できる基準を、数値(固着強度が従来技術の2.5倍)で認定した上で、当該数値レベルの課題は解決されていないとして、サポート要件違反とした。
(判旨抜粋)「…Au及びSn以外の元素の有無や各成分の含有量を特定しない場合においても,当業者が,本件発明の課題解決のために必要なAu-Sn系はんだの固着強度,すなわち,コアワイヤに対するコイルスプリングの固着強度が,コアワイヤの遠位端側小径部の引張破断強度より高い,又はAg-Sn系はんだによって固着する場合と比較して2.5倍程度であることを認識し得るということはできない…。…
…発明の詳細な説明の記載を踏まえると,本件発明の『Au-Sn系はんだ』については,その発明の課題解決のため,『Ag-Sn系はんだ』との比較において固着強度が単に相対的に高いというだけでは十分ではなく,…固着強度が,コアワイヤの遠位端側小径部の引張破断強度より高い,又は,Ag-Sn系はんだによって固着する場合と比較して2.5倍程度であることを要すると解される。」
3-2.発明「課題」を解決できない構成を含む発明について(広過ぎるクレーム)
(1)本判決は発明の「課題」を明細書の記載どおり認定しており、「潤滑油組成物」判決や「医療用ガイドワイヤ」判決のように、過度に高いレベルの「課題」を認定した事案ではない。
本判決と同様に、課題を解決できない構成を含むとしてサポート要件違反とされた事案は、近時のものとしては、例えば、平成30年(行ケ)第10073号「インクカートリッジICチップ」事件<森裁判長>がある。同判決は、「【請求項1】…実行可能な状態と実行不可能な状態とを含むことを特徴とするインクカートリッジICチップ。」という発明につき、「…本願発明1は,インクカートリッジICチップに関し,…インクカートリッジ位置の検出過程における誤報率を減らすことを課題とする(【0001】,【0006】)。…は…本願発明7及びこれを更に限定した本願発明8~13に係る実施例であって,インクカートリッジICチップの状態が実行可能な状態と実行不可能な状態とを含むものではない点において,本願発明1に含まれる実施例とは認められない。…本願明細書に接した当業者は,本願発明1のうち,上記実施例(【0020】,【0024】,【0084】~【0091】)に該当するものについては,本願発明1の課題を解決できると認識するが,本願発明1のうち,その余の構成のものについては,本願発明1の課題を解決できると認識することはできない…。」と判示した。
なお、数値範囲の上限値・下限値が定まっていない数値限定/パラメータ発明についても、同様の問題がある。近時の裁判例としては、例えば、東京地判平成30年12月27日平成28年(ワ)第25956号、平成29年(ワ)第27366号「磁気記録媒体」事件<柴田裁判長>などがある。
類似のものとして、課題が認識し得ない構成を一般的に含むとしてサポート要件違反とした近時の裁判例として、知財高判平成27年(行ケ)第10026号「回転角検出装置」事件<清水裁判長>がある。(差戻し後の第二次訴訟である知財高判平成29年(行ケ)第10073号同旨)
(2)これに対し、発明の要旨認定を限定的・合目的的に行い、サポートされていない部分は発明に含まれないと解釈することでサポート要件を満たすとした近時の裁判例として、以下の2件が挙げられる。
(2-1)知財高判平成30年12月6日平成30年(行ケ)第10041号「地殻様組成体の製造方法」事件<鶴岡裁判長>は、「審決は,本願発明1は,少なくともセシウム及びストロンチウムを含む放射性物質を,1382℃未満の温度(…)で焼成する場合を含むと解され得るが,1382℃未満の温度で焼成をすると,…本願発明1の効果…を実現できないとして,特許請求の範囲の記載はサポート要件に適合しないと判断した。…本願明細書の記載に鑑みれば,…セシウムとストロンチウムの両者を同時に放射性物質として含む場合には,セシウム及びストロンチウムの気化温度未満で汚染材を焼成,すなわち,両者の気化温度に共通する部分となる(より低い気化温度である)セシウムの気化温度未満で焼成するものと解するのが自然である。また,セシウム又はストロンチウムのいずれか一方のみを放射性物質として含む場合には,当該放射性物質の気化温度未満で焼成するものと解される。」と判示し、発明を限定解釈することにより、課題を解決できない構成が含まれないとした。
(2-2)東京地裁平成29年(ワ)第18184号「骨切術用開大器」事件<佐藤裁判長>は、「…被告は,本件発明に係る特許請求の範囲の記載上,揺動部材2の下側揺動部にのみ突起を有する場合も特許請求の範囲に含まれることとなるから,このような発明の課題が解決されない構成が含まれる本件発明は,サポート要件に違反すると主張する。しかし,本件発明は,『一方の開閉機構のみを操作することにより,2対の揺動部材を同時に開いていくことが可能となり,切込みの拡大作業を容易にすることができる』(本件明細書等の段落【0007】)という作用効果を奏するものであり,この点に技術的意義を有する。被告が作成した樹脂モデル(乙7)のように,揺動部材2の下側揺動部にのみ突起を設けたものは,揺動部材1に係合せず,2対の揺動部材を同時に開くことができないので,本件発明の技術的範囲に属さないというべきである。したがって,被告主張はその前提を欠き,採用できない。」と判示し、発明を限定解釈することにより、課題を解決できない構成が含まれないとした。
(3)これらの裁判例を統一的に理解するならば、発明の要旨認定を限定的・合目的的に行い、サポートされていない部分が発明に含まれないという解釈が可能であるかが分岐点になると思われる。
(4)もっとも、本判決で問題となった特許のように、発明「課題」を解決できない構成を含むことを理由にサポート要件が認められなかった場合(広過ぎるクレーム)は、そのような構成を排除するようにクレームを減縮する訂正することでサポート要件違反を解消できる。しかも、そのような減縮訂正により進歩性が〇⇒×となることは考えられないから、イ号製品/方法が非充足となってしまうという問題は有り得るとしても、発明が無に帰すことはなく、むしろ、発明が適切な範囲で画されることになる以上、特許権者に不当に不利益であるとはいえないと考えることもできよう。(本判決は進歩性も否定したため、特許権者は、差戻し後は、同時に進歩性も認められる減縮訂正を試みることとなろう。)
以 上
原告(無効審判請求人):ヴァレオカペックジャパン株式会社
被告(特許権者):シェフラー テクノロジーズ アクチエンゲゼルシャフト ウント コンパニー コマンディートゲゼルシャフト
(Keywords)ヴァレオカペック、シェフラー、回転数適応型、力伝達装置、課題を解決できない、サポート、進歩性、次数、オフセット、ピリミジン、ダブルスタンダード、ライスミルク、潤滑油組成物、医療用ガイドワイヤ、インクカートリッジICチップ、磁気記録媒体、地殻様組成体、骨切術用開大器
執筆:高石秀樹(弁護士・弁理士)(特許ニュース平成31年4月22日の原稿を追記・修正したものです。)
監修:吉田和彦(弁護士・弁理士)
本件に関するお問い合わせ先: h_takaishi@nakapat.gr.jp
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中村合同特許法律事務所