知財高判平成30年5月22日、平成29年(行ケ)第10146号<鶴岡裁判長>
◆判決本文
…引用発明の凸部の頂部に引用例2記載技術の凸部に設けた突起状の固定部を適用した場合…。
…本願発明においては,「接着部分」の形状に関し,それぞれ,①「前記第1最小寸法の10%未満の第2最小寸法を有する第2底面」,②「各第2側面が,前記導光フィルムの平面に対して70度超の角度をなす」及び③「前記第2最大高さの前記第2最小寸法に対する比が少なくとも1.5である」という数値範囲による特定(限定)がされている。
しかしながら,これらの数値範囲については,いずれも,本願明細書においては多数列記された数値範囲の中の一つとして記載されているにすぎず,本願発明においてこれらの数値範囲に限定する根拠や意味は全く示されていない。
すなわち,上記①の数値範囲については,「いくつかの場合において,最小寸法d2は,最小寸法d1よりも実質的に小さい。例えばそのような場合,最小寸法d2は,最小寸法d1の約20%未満,又は約18%未満,又は約16%未満,又は約14%未満,又は約12未満(原文ママ),又は約10%未満,又は約9%未満,又は約8%未満,又は約7%未満,又は約6%未満,又は約5%未満,又は約4%未満,又は約3%未満,又は約2%未満,又は約1%未満である。」(【0041】)と記載されているのみであり,上記①の数値範囲に限定する根拠等は特に記載されていない。
上記②の数値範囲についても,…上記②の数値範囲に限定する根拠等は特に記載されていない。
上記③の数値範囲についても,…上記③の数値範囲に限定する根拠等は特に記載されていない。
以上によれば,本願発明の「接着部分」の形状に関する上記①ないし③の数値範囲に臨界的な技術的意義があるものとは認められない。…
他方,上記①の数値範囲に関しては,引用例1には,引用発明に係る凹凸部の頂部の接合部幅(Pw)を凹凸部の配列ピッチ(P)の20%以下になるようにすることが記載されている…。上記②の数値限定に関しては,引用例2においては,起状の固定部は,多角柱,円柱,円錐台,角錐台が好ましいとされ,引用例2記載技術の固定部として平面に対して70度超の角度をなすものが当然に想定されているといえる…。上記③の数値限定に関しては,引用例2記載技術の出射光制御板の凸部形状は,「所望の視野角特性に合わせて決定され」るものであるから…,凸部の頂部及び頂部に設けられた固定部の幅にも自ずと制限があるところ,引用例2には,接着面積を大きくするために突起状の固定部の高さを固定層の厚みに対して好ましくは50%以上,より好ましくは80%以上としてできる限り大きくすることが記載されているから…,接着面積を確保するために固定部を縦長とすることが示唆されているといえる。
上記…のとおり,本願発明の「接着部分」の形状に関する上記①ないし③の数値範囲に臨界的な技術的意義が認められないことからすれば,引用発明の集光シートの凸部の頂部に,引用例2記載技術の凸部に設けた突起状の固定部を適用した構成において,①突起状の固定部の底面(Pw)を凸部の底部(P)の10%未満とすること,②突起状の固定部の各側面を導光シートの平面に対して70度超の角度を成すようにすること,③突起状の固定部を縦長として,固定部の高さの底面に対する比を少なくとも1.5とすることは,いずれも,当業者が適宜調整する設計事項というのが相当である。以上によれば,引用発明に引用例2記載技術を適用し,相違点に係る構成とすることは,当業者が容易になし得たことである…。
原告は,…引用例3には,上向きの構造を有するプリズムの底面に突起が設けられている構造が記載されているが,この突起をすぐさまプリズムの頂部に移動させることはできないし,引用発明に引用例2記載技術を組み合わせた上で更に引用例3の記載を参照することはいわゆる「容易の容易」に該当し許されないと主張する。しかしながら,審決は,幅5μm,長さ10μm程度の形状(の固定部)ならば,当業者であれば周知の材料及び製造方法の範囲内で実現可能であると考えられることの一例(根拠)として引用例3を示しているにすぎず…,引用例3に記載されたプリズムの底面の突起を引用発明及び引用例2記載技術に更に組み合わせることで相違点に係る構成が容易想到であると判断したわけではない。…
1.概要
本判決は、発明の名称を「導光フィルム」と題する発明について、(ⅰ)組合せの動機付けあり⇒(ⅱ)数値範囲は副引例が示唆している⇒(ⅲ)数値に臨界的な技術的意義なし⇒(ⅳ)数値範囲は設計事項という論理付けで、進歩性を否定した裁判例である。
本事案においては、「本願発明においては,『接着部分』の形状に関し,それぞれ,①『前記第1最小寸法の10%未満の第2最小寸法を有する第2底面』,②『各第2側面が,前記導光フィルムの平面に対して70度超の角度をなす』及び③『前記第2最大高さの前記第2最小寸法に対する比が少なくとも1.5である』という数値範囲による特定(限定)がされている」ところ、これらの数値範囲①②③は、主引用発明に開示されていないため、本願発明との相違点であった。
本判決は、まず、引用発明の凸部の頂部に引用例2記載技術の凸部に設けた突起状の固定部を適用する動機付けがあるとした上で、「引用発明の凸部の頂部に引用例2記載技術の凸部に設けた突起状の固定部を適用した場合…、…上記①の数値範囲に関しては,引用例1には,引用発明に係る凹凸部の頂部の接合部幅(Pw)を凹凸部の配列ピッチ(P)の20%以下になるようにすることが記載されている…。上記②の数値限定に関しては,引用例2においては,起状の固定部は,多角柱,円柱,円錐台,角錐台が好ましいとされ,引用例2記載技術の固定部として平面に対して70度超の角度をなすものが当然に想定されているといえる…。上記③の数値限定に関しては,引用例2記載技術の出射光制御板の凸部形状は,『所望の視野角特性に合わせて決定され』るものであるから…,凸部の頂部及び頂部に設けられた固定部の幅にも自ずと制限があるところ,引用例2には,接着面積を大きくするために突起状の固定部の高さを固定層の厚みに対して好ましくは50%以上,より好ましくは80%以上としてできる限り大きくすることが記載されているから…,接着面積を確保するために固定部を縦長とすることが示唆されているといえる。」と判示して、数値範囲①②③は副引例が示唆していることを示した。
また、本判決は、「…これらの数値範囲については,いずれも,本願明細書においては多数列記された数値範囲の中の一つとして記載されているにすぎず,本願発明においてこれらの数値範囲に限定する根拠や意味は全く示されていない」ことから、「本願発明の『接着部分』の形状に関する上記①ないし③の数値範囲に臨界的な技術的意義があるものとは認められない。…」と判示し、数値範囲は「当業者が適宜調整する設計事項」であるという判断を示し、不服審判不成立審決を維持した。
なお、本判決は、特許出願人の「…引用発明に引用例2記載技術を組み合わせた上で更に引用例3の記載を参照することはいわゆる『容易の容易』に該当し許されない」という主張に応答して、「審決は,幅5μm,長さ10μm程度の形状(の固定部)ならば,当業者であれば周知の材料及び製造方法の範囲内で実現可能であると考えられることの一例(根拠)として引用例3を示しているにすぎず…,引用例3に記載されたプリズムの底面の突起を引用発明及び引用例2記載技術に更に組み合わせることで相違点に係る構成が容易想到であると判断したわけではない。」として、「容易の容易」の問題ではないと判示している。
2.★パラメータ発明の進歩性を否定した近時の裁判例(3件)★
近時、パラメータ発明の進歩性を否定することが難しいという声を聴くことが多いため、以下の3件の裁判例は、無効理由を主張する立場から参考になると思われる。
これらの裁判例は、顕著な作用効果を否定した裁判例として紹介されることもあるが、顕著な作用効果を否定するだけでパラメータ発明の進歩性を否定できるわけではないことに留意すべきである。
(1)本件判決~上掲・平成30年5月22日・平成29年(行ケ)第10146号「導光フィルム」事件<鶴岡裁判長>
(ⅰ)組合せの動機付けあり⇒(ⅱ)数値範囲は副引例が示唆している⇒(ⅲ)数値に臨界的な技術的意義なし⇒(ⅳ)数値範囲は設計事項、という論理付けで、進歩性を否定した。
(2)平成30年5月15日・平成29年(行ケ)第10096号「非磁性材粒子分散型強磁性材スパッタリングターゲット」事件<鶴岡裁判長>
(ⅰ)数値範囲に技術常識が含まれる⇒(ⅱ)引用発明の数値を増加する動機付けあり⇒(ⅲ)数値範囲に技術的意義・格別な効果なし⇒(ⅳ)数値範囲は容易想到、という論理付けで、進歩性を否定した。
(判旨)
「…本件特許の優先日当時,垂直磁気記録媒体において,非磁性材であるSiO2を11mol%あるいは15~40vol%含有する磁性膜は,粒子の孤立化が促進され,磁気特性やノイズ特性に優れていることが知られており,非磁性材を6mol%以上含有するスパッタリングターゲットは技術常識であった。そして,…優れたスパッタリングターゲットを得るために,材料やその含有割合,混合条件,焼結条件等に関し,日々検討が加えられている状況にあったと認められる。そうすると,甲1発明に係るスパッタリングターゲットにおいても,酸化物の含有量を増加させる動機付けがあった…。…
次に,具体的な含有量の点についてみると,被告も,非磁性材の含有量を『6mol%以上』と特定することで何らかの作用効果を狙ったものではないと主張している上,証拠に照らしても,6mol%という境界値に技術的意義があることは何らうかがわれない。…甲1発明に基づいて非磁性材である酸化物の含有量が6mol%以上であるターゲットを製造することに技術的困難性が伴うものであったともいえない。…効果は,ターゲット中の非磁性材が3mol%…という甲1発明と同様のものにおいても認められるというのであって,…非磁性材の含有量を6mol%以上とすることによって格別の効果を奏するものと認めることはできない。」
(3)平成29年12月21日・平成29年(行ケ)第10058号「ランフラットタイヤ」事件<高部裁判長>
(ⅰ)パラメータに着目できた⇒⇒(ⅱ)主/副引例の組合せは動機付けあり⇒(ⅲ)数値に顕著な効果なし⇒(ⅳ)数値範囲は設計事項、という論理付けで、進歩性を否定した。
(判旨)
「本件特許の優先日当時,当業者は,乱流による放熱効果の観点から,タイヤ表面の凹凸部における,突部のピッチ(p)と突部の高さ(h)との関係及び溝部の幅(p-w)と突部の幅(w)との関係について,当然に着目するものである。そして,甲2技術は,凹部の形成により,乱流を発生させ,温度低下作用を果たすものであるから,当業者は,甲2技術の凹部における,突部のピッチ(p)と突部の高さ(h)との関係及び溝部の幅(p-w)と突部の幅(w)との関係に着目する…。…
引用例2には,甲2技術として,放熱効果の観点から,「5≦p/h≦20,かつ,1≦(p-w)/w≦99の関係を満足する凹部30」が記載されていると認められる。…引用発明に甲2技術を適用する動機付けは十分に存在する…。…
本件発明1は,凹凸部の構造を,『10.0≦p/h≦20.0,かつ,4.0≦(p-w)/w≦39.0』の数値範囲に限定するものの,当該数値範囲に限定する技術的意義は認められないといわざるを得ない。よって,引用発明に甲2技術を適用した構成における凹凸部の構造について,パラメータp/hを,『10.0≦p/h≦20.0』の数値範囲に特定し,かつ,パラメータ(p-w)/wを,『4.0≦(p-w)/w≦39.0』の数値範囲に特定することは,数値を好適化したものにすぎず,当業者が適宜調整する設計事項というべきである。…
本件特許の優先日前に頒布された…には,流体の再付着する部分,すなわち溝部の熱伝達率の向上によって,乱流による放熱効果の向上に至ることが記載されており,本件発明1の効果は異質なものではない。また,本件明細書の…のグラフから,本件発明1のパラメータの全てを満たす数値範囲において,熱伝達率が顕著に向上しているということはできないから,本件発明1の作用効果が,当業者にとって,従来の技術水準を参酌した上で予測することができる範囲を超えた顕著なものであるということはできない。」
3.★「容易の容易」に関する裁判例★
(1)パターン①~第三の公知文献に記載された発明/事項/周知技術を主引例・副引例に開示された事項を具体化し、又は、その実現可能な範囲を示すために用いる場合は「容易の容易」の問題ではないとした裁判例
・平成26年(行ケ)第10255号「プレストレスト構造物」事件<高部>
「『ベルオアシスやランシール』は,「本件優先日前に周知の技術事項」の内容を具体化するものであって,『他の技術』ではないことは,明らかといえる…。したがって,本件審決の判断枠組みは,原告の主張する『容易の容易』という考え方によるものとはいえない…。」
・平成29年(行ケ)第10146号「導光フィルム」事件<鶴岡>
「審決は,幅5μm,長さ10μm程度の形状(の固定部)ならば,当業者であれば周知の材料及び製造方法の範囲内で実現可能であると考えられることの一例(根拠)として引用例3を示しているにすぎず…,引用例3に記載されたプリズムの底面の突起を引用発明及び引用例2記載技術に更に組み合わせることで相違点に係る構成が容易想到であると判断したわけではない。」
(2)パターン②~相違点が独立に2個存在する場合は「容易の容易」の問題ではないとした裁判例
・平成24年(行ケ)第10275号「窒化物系半導体レーザ素子」事件<芝田>
「相違点相互の関係を考慮しながら容易想到性を検討しなければならないのは,複数の相違点に係る構成が引用発明や対象発明において機能的又は作用的に関連しているために,相違点を個別に検討することでは正しい容易想到性の判断ができないような場合に限られる…。」
・平成22年(行ケ)第10164号「渦流センサー」事件<中野>
「周知技術Bはその温度センサーを渦流センサ内に配置する際のその配置構造に関するもので,他方,周知技術Cはその温度センサーでもってより正確に流体の温度を検出するために用いる温度センサーの数に関するものであって,両技術は個別独立に引用発明に適用し得る…。」
・東京地判平成27年(ワ)第1025号「ビールテイスト飲料」事件<長谷川>
(3)パターン③~副々引例/周知技術を組み合わせて副引例を変更した後に、変更された副引例を主引例に組み合わせる論理付けで、進歩性を否定できないとした裁判例
・平成27年(行ケ)第10094号「ロータリ作業機のシールドカバー」事件<高部>
「引用発明1に基づいて,2つの段階を経て相違点に係る本件発明1の構成に想到することは,格別な努力が必要であり,当業者にとって容易であるということはできない。」
・平成28年(行ケ)第10265号「盗難防止タグ」事件<高部>
「主引用発明に副引用発明を適用するに当たり,当該副引用発明の構成を変更することは,通常容易なものではなく,仮にそのように容易想到性を判断する際には,副引用発明の構成を変更することの動機付けについて慎重に検討すべきである…。」
※周知技術の抽象化・上位概念化を否定した裁判例
・平成23年(行ケ)第10121号「樹脂封止型半導体装置の製造方法」事件<飯村>
・平成28年(行ケ)第10220号「給与計算方法」事件<高部>
~複数の文献等から上位概念としての周知技術を認定した無効審決の判断を否定した。
(4)パターン④~主引例に副引例を組み合わせた後に、(副引例が組み合わせられた)主引例に副々引例/周知技術を組み合わせる場合に言及した裁判例
(4-1)進歩性が否定された(進歩性欠如の論理付けが認められた)事例
・平成28年(行ケ)第10119号「ワイパモータ」事件<森>
~主引例に副引例を適用するときに当業者が適宜行う設計事項は「容易の容易」でない。
・平成14年(行ケ)第117号「チップ抵抗器」事件<佐藤>
~主引例に副引例を適用するときに当業者が自然に行う設計事項は容易想到である。
・平成19年(行ケ)第10155号「情報処理システム」事件<石原>
~主引例に副引例を適用するときに当業者が当然選択する変更は容易想到である。
⇒この3件は、(副引例が組み合わせられた)主引例に副々引例/周知技術を組み合わせる論理付けではなく、副々引例/周知技術により立証される出願日当時の技術水準に基づいて、当業者が適宜行う「設計事項」であるという論理付けである点において異なると考察することも可能である。
(4-2)進歩性が否定されなかった(進歩性欠如の論理付けが認められなかった)事例
・平成21年(行ケ)第10256号「光照射処理装置」事件<滝澤>
・平成18年(行ケ)第10174号「3次元物体の製造装置」事件<塚原>
・平成23年(行ケ)第10098号「情報処理装置」事件<芝田>
・平成28年(行ケ)第10214号「原動機付車両」事件<森>
「引用発明2において,『ブレーキ液圧保持装置』を採用して初めて生じる『ブレーキ液圧保持装置の故障』という問題を考慮して,更に『ブレーキ液圧保持装置の故障を検出する故障検出装置』を採用する動機付けはない。」
・平成26年(行ケ)第10079号「窒化ガリウム系発光素子」事件<清水>
「引用発明から容易に想到し得たものを基準にして,更に甲2記載の技術を適用することが容易であるという,いわゆる『容易の容易』の場合に相当する。そうすると,引用発明に基づいて,相違点2及び3に係る構成に想到することは,格別な努力が必要であり,当業者にとって容易であるとはいえない…。」
・平成27年(行ケ)第10149号「平底幅広浚渫用グラブバケット」事件<高部>
「引用発明1に周知例2に開示された構成を適用して『シェルの上部にシェルカバーを密接配置する』という構成を想到し,同構成について上記課題を認識し,周知技術3の適用を考えるものということができるが,これはいわゆる『容易の容易』に当たる…。」
・平成28年(行ケ)第10186号「摩擦熱変色性筆記具」事件<高部>
「引用発明1に基づき,2つの段階を経て相違点5に係る本件発明1の構成に至ることは,格別な努力を要するものといえ,当業者にとって容易であったということはできない。」
取消事由2(容易想到性の判断の誤り)について
(1) 相違点の容易想到性について
ア 動機付けについて
(ア) 引用発明に係る集光シートと,引用例2記載技術に係る出射光制御板とは,いずれも液晶パネル等の透過型表示装置に用いられる光学シートである点で技術分野が共通し,また,いずれも入射光を正面方向に集光させて液晶パネル等の正面輝度を向上させるものである点で作用機能が共通する。
そして,引用発明に係る集光シートは,凹凸部の頂部が接着層の内部に挿入されて接着面を構成するものであるところ,引用例1には,引用発明の集光シートのように凹凸部が表面に形成された光学シートを,他の光学シートに接着させる際には,光の集光機能の低下を最小限に抑えつつ,接着性を維持する必要があることが記載されている(【0012】,【0015】及び【0052】)。他方,引用例2記載技術は,出射光制御板の凸部の頂部に突起状の固定部を設け,この固定部を固定層の内部に入れることで,固定部と固定層との接着面積が増加し,高い密着性,密着力を得るという効果を奏するものである。
そうすると,引用発明の集光シートの接着性を向上させるために,(高い密着性,密着力を得られる)引用例2記載技術の出射光制御板の構成を適用する十分な動機付けが存在するというべきである。
(イ) 引用発明の集光シートは,凸部の頂部を正面方向(出射面側)に向けて他の光学シート(例えば偏光シート)に接着させた構造(上向きの構造)であり,入射光は凸部の斜面から外に屈折透過され正面方向に集光される(一部は凸部内部に反射される。)。これに対し,引用例2記載技術の出射光制御板は,凸部の頂部を正面方向とは逆(入射面側)に向けて導光体に接着させた構造(下向きの構造)であり,入射光は凸部内を全反射して正面方向に集光される。
したがって,原告が主張するとおり,両者は,出射面に対する凸部の頂部の向き及び光の伝播経路が相違する。
しかしながら,引用発明の集光シートの凸部及び引用例2記載技術の出射光制御板の凸部は,いずれも屈折又は全反射を利用して入射光を正面方向に集光させるものであるから,光の伝播経路が異なるとしても,主たる集光機能まで相違するものではない(証拠〔乙3〕及び弁論の全趣旨によれば,屈折と全反射は共に屈折の法則に基づいて説明される幾何光学上の現象であり,当業者が併せて理解可能なものであると認められる。)。そして,光を正面方向に集光するための構造として上向きの構造及び下向きの構造を選択し又は組み合わせて採用できることは当業者にとって周知の事項であり(乙1−1~3),一方の構造に係る技術事項が,他方の構造ではおよそ用いることが想定できないというような関係にあるとは認められない。
さらに,固定層との密着性向上に関する引用例2記載技術に接した当業者は,(接着性の向上が課題である以上)出射面に対する凸部の頂部の向きではなく,接着面に対する凸部の頂部の向きに着目するというべきところ,引用発明及び引用例2記載技術における凸部の頂部は,いずれも接着面を向いており,この点で何ら相違しないし,引用発明の凸部の頂部及び引用例2記載技術の凸部に設けた突起状の固定部は,いずれも接着層又は固定層に挿入されて接着面を構成する点で機能上の相違もない(いずれも光の集光に直接寄与するものではない点でも共通する。)。
したがって,出射面に対する凸部の頂部の向きや,光の伝播経路が相違するからといって,引用発明に引用例2記載技術を適用する動機付けが否定されることにはならない。
イ 引用発明に引用例2記載技術を組み合わせた場合について
(ア) 引用発明の凸部の頂部に引用例2記載技術の凸部に設けた突起状の固定部を適用した場合,引用発明の凸部は,プリズム体の底面と突起状の固定部との間に「第1最大高さ」を備え,また,プリズム体の頂部に配置された突起状の固定部は「接着部分」を構成する。
ここで,本願発明においては,「接着部分」の形状に関し,それぞれ,①「前記第1最小寸法の10%未満の第2最小寸法を有する第2底面」,②「各第2側面が,前記導光フィルムの平面に対して70度超の角度をなす」及び③「前記第2最大高さの前記第2最小寸法に対する比が少なくとも1.5である」という数値範囲による特定(限定)がされている。
しかしながら,これらの数値範囲については,いずれも,本願明細書においては多数列記された数値範囲の中の一つとして記載されているにすぎず,本願発明においてこれらの数値範囲に限定する根拠や意味は全く示されていない。
すなわち,上記①の数値範囲については,「いくつかの場合において,最小寸法d2は,最小寸法d1よりも実質的に小さい。例えばそのような場合,最小寸法d2は,最小寸法d1の約20%未満,又は約18%未満,又は約16%未満,又は約14%未満,又は約12未満(原文ママ),又は約10%未満,又は約9%未満,又は約8%未満,又は約7%未満,又は約6%未満,又は約5%未満,又は約4%未満,又は約3%未満,又は約2%未満,又は約1%未満である。」(【0041】)と記載されているのみであり,上記①の数値範囲に限定する根拠等は特に記載されていない。
上記②の数値範囲についても,「いくつかの場合において,接着部分の各側面が,導光フィルムの平面に対して,約65度超,又は約70度超,又は約75度超,又は約80度超,又は約85度超の角度をなす。」(【0039】)と記載されているのみであり,上記②の数値範囲に限定する根拠等は特に記載されていない。
上記③の数値範囲についても,「いくつかの場合において,接着部分170は1より大きい縦横比を有する。例えば,いくつかの場合において,接着部分170の最大高さh2の,第2最小寸法d2に対する比は,1より大きい。例えばそのような場合,比h2/d2は,少なくとも約1.2,又は少なくとも約1.4,又は少なくとも約1.5,又は少なくとも約1.6,又は少なくとも約1.8,又は少なくとも約2,又は少なくとも約2.5,又は少なくとも約3,又は少なくとも約3.5,又は少なくとも約4,又は少なくとも約4.5,又は少なくとも約5,又は少なくとも約5.5,又は少なくとも約6,又は少なくとも約6.5,又は少なくとも約7,又は少なくとも約8,又は少なくとも約9,又は少なくとも約10,又は少なくとも約15,又は少なくとも約20である。」(【0042】)と記載されているのみであり,上記③の数値範囲に限定する根拠等は特に記載されていない。
以上によれば,本願発明の「接着部分」の形状に関する上記①ないし③の数値範囲に臨界的な技術的意義があるものとは認められない。
(イ) 他方,上記①の数値範囲に関しては,引用例1には,引用発明に係る凹凸部の頂部の接合部幅(Pw)を凹凸部の配列ピッチ(P)の20%以下になるようにすることが記載されている(【0013】及び【0051】)。
上記②の数値限定に関しては,引用例2においては,起状の固定部は,多角柱,円柱,円錐台,角錐台が好ましいとされ,引用例2記載技術の固定部として平面に対して70度超の角度をなすものが当然に想定されているといえる([0038]及び[図1])。
上記③の数値限定に関しては,引用例2記載技術の出射光制御板の凸部形状は,「所望の視野角特性に合わせて決定され」るものであるから([0003]),凸部の頂部及び頂部に設けられた固定部の幅にも自ずと制限があるところ,引用例2には,接着面積を大きくするために突起状の固定部の高さを固定層の厚みに対して好ましくは50%以上,より好ましくは80%以上としてできる限り大きくすることが記載されているから([0040]),接着面積を確保するために固定部を縦長とすることが示唆されているといえる。
そして,上記(ア)のとおり,本願発明の「接着部分」の形状に関する上記①ないし③の数値範囲に臨界的な技術的意義が認められないことからすれば,引用発明の集光シートの凸部の頂部に,引用例2記載技術の凸部に設けた突起状の固定部を適用した構成において,①突起状の固定部の底面(Pw)を凸部の底部(P)の10%未満とすること,②突起状の固定部の各側面を導光シートの平面に対して70度超の角度を成すようにすること,③突起状の固定部を縦長として,固定部の高さの底面に対する比を少なくとも1.5とすることは,いずれも,当業者が適宜調整する設計事項というのが相当である。
以上によれば,引用発明に引用例2記載技術を適用し,相違点に係る構成とすることは,当業者が容易になし得たことであると認められる。
(2) 原告の主張について
ア 動機付けについて
(ア) 原告は,引用例1は上向きの構造であり光の屈折を利用した空気介在型の光経路を有するのに対し,引用例2は下向きの構造であり光の全反射を利用した空気非介在型の光経路を有するから,引用例1と引用例2は,光を正面へと導く経路のメカニズムが異なっており(その意味で両者は全く異なる技術分野に属するものであり),引用例1と引用例2を組み合わせることは当業者が通常行うことではないと主張する。
しかしながら,出射面に対する凸部の頂部の向きや,光の伝播経路が相違するからといって,引用発明に引用例2記載技術を適用する動機付けが否定されることにはならないことは,前記(1)アのとおりであるから,原告の上記主張は採用できない。
(イ) 原告は,引用例1に記載された上向きの構造においては,引用例2に記載されたような下向きの構造に特有な「頂部と,頂部に接する部分との接触面積を増やす」課題は生じないため,引用例1に引用例2を組み合わせる動機付けが存在しないことは明らかであると主張する。
しかしながら,当業者が引用発明の集光シートの接着性を向上させるために(高い密着性,密着力を得られる)引用例2記載技術の出射光制御板の構成を適用すると認められることは,前記(1)アのとおりであり,このことは,引用例1において,原告が主張する課題が存在するか否かにかかわらずいえることであるから,原告の上記主張は動機付けの有無についての判断を左右するものとはいえない。
なお,原告の主張は,出射光制御板の凸部と導光板との間の光の伝播経路を確保するために凸部の頂部と接着層との接触面積(接着層表面において凸部の頂部が占める領域の面積)を増やすことが,引用例2に記載された下向きの構造に特有の課題であるということを前提とするものであるが,引用例2には,そのような課題についての記載はない。
かえって,引用例2記載技術及びその従来技術として示されている特許文献2(特開2005-50789号公報,甲5)及び特許文献3(特開2001-76521号公報,甲6)において凸部の頂部を平坦面にしたのは,飽くまで,出射光制御板と導光板との密着性を向上させるためであり(引用例2[0003]),「出射光制御板の凸部形状は所望の視野角特性に合わせて決定されており,導光体と出射光制御板が平行に配置されることで光学性能を発現することができる」(同[0003])及び「凸部の頂部が埋まり,凸部と導光体との接着幅が変化してしまうことで光学性能が低下する」(同[0006])との記載からすれば,密着性を向上させる目的は,各凸部を接着層上に平行に配置して各凸部と導光体との接着幅を均一にするためであると認められる。
また,引用例2記載技術のような下向きの構造において,出射光制御板の凸部と導光板との間の光の伝播は両者が少なくとも接触していればよく,これらの間の光の伝播経路を確保するために接触面積を増やすことが必須であるとは認められない。例えば,前記の特許文献3(甲6)には,断面放物線状の凸部の周りに頂部が平坦な凸部を配置する構造が開示されているし(【0010】及び【図5】),前記の特許文献2(甲5)には,凸部頂部の平坦面の面積(接触面積)を,出射面(凸部の底面)の面積の1/100以上,1/2以下とすることが記載され(【0005】),平坦面の面積(接触面積)を増やし過ぎるとむしろ正面輝度が低下することも示されている(【0013】及び【表1】)。
以上より,原告の主張する課題は,引用例2及びその従来技術から把握される「下向きの構造に特有の課題」であるとは認められない。
したがって,原告の上記主張は採用できない。
(ウ) 原告は,引用例1の課題は,「上向き構造」を前提とした「正面輝度の低下抑制」を一部に含むから,かかる課題に直面した当業者が,基本的なメカニズムの異なる「下向き構造」に係る引用例2を参照することはあり得ないと主張する。
しかしながら,引用例1においては,正面輝度の低下抑制という課題は,引用発明の集光シートの凹凸部の頂部の接合部幅(Pw)を凹凸部の配列ピッチ(P)の20%以下になるようにすることで解決が図られている。他方,前記(1)アのとおり,当業者は,引用発明の集光シートの接着性を向上させるために引用例2記載技術の出射光制御板の構成を適用するのであるし,その際に正面輝度低下を抑制するための上記構成が採用できなくなるわけでもない。
したがって,原告の上記主張は採用できない。
(エ) 原告は,接合部分の幅(Pw)を狭くしようとしている引用例1に,接合部分の幅を狭くするとその技術的意義に反する(光の伝播経路が狭まり輝度が低下してしまう)ことになる引用例2を組み合わせることには明確な阻害要因が存在すると主張する。
しかしながら,引用例2には,出射光制御板の凸部の頂部の平坦面の幅を狭くすることができないなどという記載は認められない。前記(イ)のとおり,引用例2記載技術のような下向きの構造においては,出射光制御板の凸部と導光板との間の光の伝播は両者が少なくとも接触していればよく,これらの間の光の伝搬経路を確保するために接触面積を増やすことが下向き構造において必須であるとは認められない。
むしろ,引用例2が前提とする特許文献2(甲5)には,平坦面の面積(接触面積)を出射面(凸部の底面)の面積の1/100以上,1/2以下とすることが記載されており(【0005】),引用例2において,引用例2記載技術の出射光制御板の凸部頂部及び固定部の幅を凸部底部の20%以下程度とすることは十分に想定されていると認められる。
したがって,上記の理由から引用発明に引用例2記載技術を適用することについて阻害事由があるということはできず,これに反する原告の上記主張は採用できない。
イ 「前記第2最大高さの前記第2最小寸法に対する比が少なくとも1.5である」ことの容易想到性について
(ア) 原告は,引用例2には固定部の高さと寸法の比に関する記載はなく,また,下向き構造を前提とする引用例2には,接合部分の幅を小さくしながらより大きな接着面積を確保する技術思想はないから,引用発明に引用例2記載技術を組み合わせたとしても,接合部分の最大高さと接合部分の底面の幅との比を少なくとも1.5とする本願発明の構成を得られないと主張する。
しかしながら,前記(1)イのとおり,「1.5」という数値自体に臨界的な技術的意義は認められないところ,引用例2には,接着面積を確保するために固定部を縦長とすることが示唆されているといえるから,引用発明に引用例2記載技術を組み合わせた構成において,上記数値範囲に係る本願発明の構成とすることは当業者が適宜調整する設計事項といえる。
したがって,原告の上記主張は採用できない。
(イ) 原告は,①引用例1には,断面直角二等辺三角形状以外のプリズムを用いることについて何ら検討がなされておらず,導光部分とは別個に接着部分を設ける思想もないから,審決でいうところの「突起の固定部の長さを調整」するという思想は存在しない,また,②引用例1において突起の固定部の長さを長くすると,プリズムの頂点をより深く接着層に差し込むことになり,このことは,接合部分の幅(Pw)を大きくすることにつながるから,引用例1の技術的思想と逆行すると主張する。
しかしながら,上記①については,上記(ア)のとおり,引用例2には,接着面積を確保するために固定部を縦長とすることが示唆されているといえるから,「突起の固定部の長さを調整するという思想」が引用例1にも記載されていることは要しない。
また,上記②については,引用発明のプリズム頂部に引用例2記載技術に係る固定部を設けた場合には,固定部の長さを長くしたとしても,プリズム自体を接着層により深く差し込む必要はないから,接合部分の幅(Pw)は変わらないといえる。
したがって,原告の上記主張は採用できない。
(ウ) 原告は,審決が引用した引用例3には,上向きの構造を有するプリズムの底面に突起が設けられている構造が記載されているが,この突起をすぐさまプリズムの頂部に移動させることはできないし,引用発明に引用例2記載技術を組み合わせた上で更に引用例3の記載を参照することはいわゆる「容易の容易」に該当し許されないと主張する。
しかしながら,審決は,幅5μm,長さ10μm程度の形状(の固定部)ならば,当業者であれば周知の材料及び製造方法の範囲内で実現可能であると考えられることの一例(根拠)として引用例3を示しているにすぎず(審決20頁22~25行目),引用例3に記載されたプリズムの底面の突起を引用発明及び引用例2記載技術に更に組み合わせることで相違点に係る構成が容易想到であると判断したわけではない。
原告の上記主張は,審決が引用例3を示した趣旨を正解しないものであり,採用できない。
(3) 小括
以上の次第であるから,原告が主張する取消事由2は理由がない。
原告:スリーエム イノベイティブ プロパティズ カンパニー(特許出願人)
被告:特許庁長官
(Keywords)スリーエム、数値限定、パラメータ、進歩性、導光フィルム、容易の容易、接着部分、スパッタリングターゲット、ランフラットタイヤ、着目
執筆:高石秀樹(弁護士・弁理士)(特許ニュース平成30年9月18日の原稿を追記・修正したものです。)
監修:吉田和彦(弁護士・弁理士)
本件に関するお問い合わせ先: h_takaishi@nakapat.gr.jp
〒100-8355 東京都千代田区丸の内3-3-1新東京ビル6階
中村合同特許法律事務所