-平成30年(行ケ)第10071号、平成31年2月26日判決言渡(大鷹裁判長)-
-前訴・平成29年(行ケ)第10032号、平成29年11月7日判決言渡(高部裁判長)-
① 前訴判決(平成29年(行ケ)第10032号)は、「(但し,銀フレークがその端部でのみ融着している場合を除く)」という、いわゆる“除くクレーム”とする訂正請求を訂正要件違反を理由に認めなかった審決に対し、訂正要件を満たすと判断したうえで、訂正後の発明の容易想到性(進歩性)についても「被告は,請求項9に係る訂正が認められる場合でも,本件訂正発明9は引用発明1に基づき容易に想到できる旨主張し,原告の反論も尽くされているので,進んで,本件訂正発明9の容易想到性について判断する。」として判断し、容易想到でないと判断した。
② 本判決(平成30年(行ケ)第10071号)は、訂正後の発明が容易想到でないという前訴判決の判断に、前訴の拘束力が及ぶとして、審決を維持した。
1.特許請求の範囲(【請求項9】※下線部が訂正された部分)
「【請求項9】導電性材料の製造方法であって,/前記方法が,/銀の粒子を含む第2導電性材料用組成物であって,前記銀の粒子が,2.0μm~15μmの平均粒径(メジアン径)を有する銀の粒子からなる第2導電性材料用組成物を,酸素,オゾン又は大気雰囲気下で150℃~320℃の範囲の温度で焼成して,前記銀の粒子が互いに隣接する部分において融着し(但し,銀フレークがその端部でのみ融着している場合を除く),それにより発生する空隙を有する導電性材料を得ることを含む方法。」
2.前訴判決の抜粋(訂正要件、容易想到性(進歩性))
2-1.前訴判決の抜粋(訂正要件の判断部分)
『(1) 特許請求の範囲の減縮について
ア 訂正事項9-2は,本件訂正前の請求項9における「前記銀の粒子が互いに隣接する部分において融着し,」を,「前記銀の粒子が互いに隣接する部分において融着し(但し,銀フレークがその端部でのみ融着している場合を除く),」とするものである。したがって,本件訂正前の請求項9においては,「銀の粒子」の形状に限定がなく,融着の態様は,「互いに隣接する部分において融着」とされていたところ,本件訂正後の請求項9においては,訂正事項9-2により,「但し,銀フレークがその端部でのみ融着している場合を除く」と付加されたことにより,「銀の粒子」の形状が「銀フレーク」で,その融着箇所が「その端部でのみ融着している」との態様のものが除かれている。
広辞苑第6版によれば,「フレーク」とは,「薄片」,すなわち,「うすい切れ端。うすいかけら」を意味し,「端」とは,物の末の部分,先端,中心から遠い,外に近い所,へり,ふちを意味するとされるから(甲52),「銀フレークがその端部でのみ融着している場合を除く」ことにより,少なくとも,銀フレーク,すなわち銀の薄片が,そのへりの部分でのみ融着する態様のものは除外されることになり,本件訂正後の請求項9は,本件訂正前の請求項9よりも,その範囲が減縮されるというべきである。
イ 被告は,本件明細書において,「銀フレーク」の厚さ及び形状が特定されていないことから,「銀フレーク」の概念は不明確であり,「端部」についても,その定義が明確でなく,「銀フレーク」の「端部」として特定される領域が,「銀フレーク」の表面のどこに当たるのか一義的に特定することができないから,訂正事項9-2は不明確であると主張する。
しかし,銀フレークの厚さ及び形状が具体的に特定されていなくても,「薄片」,「うすいかけら」を観念することは可能であり,また,「端部」の領域が定量的に示されていなくても,「中心から遠い,外に近い」部分,「へり」の部分を観念することは可能であるから,訂正事項9-2によって除かれる対象となる構成が特定されていないとはいえず,被告の主張は採用できない。
(2) 小括
以上によれば,訂正事項9-2は,特許請求の範囲の減縮に該当するというべきであり,特許法134条の2第1項に適合しないとして請求項9に係る訂正を認めなかった本件審決には,誤りがある。 』
2-2.前訴判決の抜粋(容易想到性(進歩性)の判断部分)
『(3) 相違点9-Aについて
引用発明1のフレークは,「好ましくは約0.1μm~約2μm,より好ましくは約0.1μm~約1μm,最も好ましくは約0.1μm~約0.3μmの厚さを有」し,「好ましくは約3μm~約100μm,より好ましくは約20μm~約100μm,最も好ましくは約50μm~約100μmの直径を有する」(引用例1【0012】)薄片状の粒子である。また,「端部」とは,「最も好ましい実施形態では,各フレークはフレークの中心よりも薄い端部を有する」との記載(【0012】)のとおり,「中心」と対比して特定される部分であり,フレークのへりを意味する。そして,引用発明1は,かかる端部を有する銀フレークを用い,「その端部でのみ焼結するように加熱」して「隣接するフレークの端部で融合」して(【0014】),熱伝導性材料を形成する方法である。
これに対し,本件訂正発明9における銀粒子の形態は,「限定されないが,例えば,球状,扁平な形状,多面体等が挙げられる」(本件明細書【0045】)とあり,球状,多面体等,特定の形態に限られない任意の形態の銀粒子が用いられ,かかる銀粒子を「酸化銀が,銀粒子と接触する部分」,「金属酸化物が,銀粒子と接触する部分」(【0020】),「銀粒子が互いに隣接する部分」(【0021】,【0022】)において融着させて,導電性材料を製造する方法である。したがって,本件訂正発明9においては,銀の粒子としてフレーク状のものを用いた場合でも,フレークの端部同士が隣接する部分に限らず,それ以外のフレークが互いに隣接する部分,例えばフレークの中心同士,又はフレークの端部とフレークの中心との間でも融着が生じて,導電性材料が形成される上,「その端部でのみ融着している場合」は除かれているのであるから,フレークの端部のみが融合した導電性材料は得られない。このように,本件訂正発明9では,引用発明1とは得られる導電性材料が異なっており,引用発明1の製造方法は,本件訂正発明9の「前記銀の粒子が互いに隣接する部分において融着し(但し,銀フレークがその端部でのみ融着している場合を除く),それにより発生する空隙を有する導電性材料を得る方法」とは異なることが明らかである。
そして,引用例1は,銀フレークを端部でのみ焼結させて,端部を融合させる方法を開示するにとどまり,焼成の際の雰囲気やその他の条件を選択することによって,銀の粒子の融着する部位がその端部以外の部分であり,端部でのみ融着する場合は除外された導電性材料が得られることを当業者に示唆するものではないから,引用発明1に基づいて,相違点9-Aに係る構成を想到することはできない。 』
3.本判決の抜粋(前訴判決の拘束力に関する判断部分)
『(1) 前訴判決の拘束力等について
確定した前訴判決は,請求項9に係る本件訂正を認めなかった前件審決の判断に誤りがあるとした上で,①前訴被告(本件訴訟の原告)は,本件訂正による請求項9に係る訂正が認められる場合でも,本件訂正発明9は「引用発明1」(本件審決の引用発明5)に基づき容易に想到できる旨主張し,前訴原告(本件訴訟の被告)の反論も尽くされているので,進んで,本件訂正発明9の容易想到性について判断する,②本件訂正発明9と「引用発明1」は,前件審決が認定した本件発明9と「引用発明1」との相違点9-2に加えて,少なくとも相違点9-A及び相違点9-Bの点でさらに相違することが認められる,③相違点9-Aに関し,「引用発明1」の製造方法は,本件訂正発明9の「前記銀の粒子が互いに隣接する部分において融着し(但し,銀フレークがその端部でのみ融着している場合を除く),それにより発生する空隙を有する導電性材料を得る方法」とは異なることが明らかであり,甲5は,銀フレークを端部でのみ焼結させて,端部を融合させる方法を開示するにとどまり,焼成の際の雰囲気やその他の条件を選択することによって,銀の粒子の融着する部位がその端部以外の部分であり,端部でのみ融着する場合は除外された導電性材料が得られることを当業者に示唆するものではないから,「引用発明1」に基づいて,相違点9-Aに係る構成を想到することはできない,④よって,その余の点について判断するまでもなく,本件訂正発明9は,当業者が,「引用発明1」に基づき容易に想到できるということはできない旨判断し,前件審決のうち,本件発明9は甲5に記載された発明と周知技術に基づいて容易に発明をすることができたことを理由に,本件特許の請求項9に係る発明についての特許を無効とした部分を取り消した。
前訴において,原告は,平成29年5月29日付け準備書面(1)(甲56)に基づいて,甲5には,「銀フレークがその端部(銀フレークの周縁部分)でのみ融着している場合」の記載がないから,甲5に記載された発明は,銀フレークがその端部(銀フレークの周縁部分)でのみ融着している構成のものとはいえず,相違点9-Aは,本件訂正発明9と甲5に記載された発明の相違点ではない旨主張した。これに対し被告は,同年6月29日付け準備書面(原告その2)(甲53)に基づいて,甲5には,端部(周縁部分)を有する銀フレークを用い,該銀フレークの端部(周縁部分)のみで,銀フレーク同士を融着させる製造法であり,銀フレークの周縁部分のみ融着した導電性材料を得られるものであることについて十分にサポートされている旨主張し,原告の上記主張を争った。
前訴判決の上記認定判断及び審理経過によれば,前訴判決が前件審決のうち,本件特許の請求項9に係る発明についての特許を無効とした部分を取り消すとの結論を導いた理由は,本件訂正を認めなかった前件審決の判断に誤りがあること,本件訂正後の請求項9に係る発明(本件訂正発明9)は,当業者が甲5に記載された発明に基づいて相違点9-Aに係る本件訂正発明9の構成を容易に想到することができないから,甲5に記載された発明に基づき容易に発明をすることができたとはいえないとしたことの両者にあるものと認められ,かかる前訴判決の理由中の判断には取消判決の拘束力(行政事件訴訟法33条1項)が及ぶものと解するのが相当である。
そして,前訴判決確定後にされた本件審決は,前訴判決と同様の説示をし,本件訂正発明9は,当業者が甲5に記載された発明(引用発明5)に基づいて相違点9-3(相違点9-Aと同じ)に係る本件訂正発明9の構成を容易に想到することができないから,その余の点について判断するまでもなく,引用発明5に基づき容易に発明をすることができたとはいえないと判断したものである。
そうすると,本件審決の上記判断は,確定した前訴判決(取消判決)の拘束力に従ってされたものと認められるから,誤りはないというべきである。
(2) 原告の主張について
原告は,①前訴判決は,本来,専門的知識経験を有する審判官の審判手続により審理判断をすべき本件訂正発明9の無効理由について,審判官の審判手続による審決を経ずに,技術常識を無視した認定判断をしたものであり,最高裁昭和51年3月10日大法廷判決の趣旨に反するものであるから,前訴判決の上記認定判断に拘束力を認めるべきではなく,前訴判決の拘束力に従った本件審決の相違点9-3の認定及び判断は誤りである,②甲5の図3,甲40の【0033】ないし【0035】及び図5の記載事項に照らすと,甲5記載の銀粒子融着構造は,本件訂正発明9の銀粒子融着構造と一致するから,本件審決における引用発明5の認定に誤りがあり,その結果,本件審決は,相違点9-3の認定及び判断を誤ったものである旨で主張する。
しかしながら,上記最高裁大法廷判決は,特許無効の抗告審判で審理判断されなかった公知事実との対比における特許無効原因を審決取消訴訟において新たに主張することは許されない旨を判断したものであるところ,前訴判決は,前件審決で審理判断された甲5を主引用例として,甲5に記載された発明と本件訂正発明9とを対比し,本件訂正発明9の進歩性について判断したものであり,上記最高裁大法廷判決は,前訴判決と事案を異にするから,本件に適切ではない。
次に,前訴判決が,前記(1)のとおり,前訴被告(本件訴訟の原告)は,本件訂正による請求項9に係る訂正が認められる場合でも,本件訂正発明9は「引用発明1」に基づき容易に想到できる旨主張し,前訴原告(本件訴訟の被告)の反論も尽くされているので,進んで,本件訂正発明9の容易想到性について判断するとした上で,甲5を主引用例とする本件訂正発明9の進歩性について判断したことは,裁判所に委ねられている訴訟指揮権の範囲内に属する事柄であるといえるから,相当である。
さらに,原告は,本件審決における相違点9-3の認定及び判断に誤りがあることの根拠として,前訴判決と同一の引用例である甲5とともに,甲40を挙げるが,甲40は,甲5の記載事項の認定に関する原告の主張を補強する趣旨で提出されたものであって,新たな公知事実(引用例)を追加するものではないから,前訴判決の拘束力を揺るがすものとはいえない。
したがって,本件審決における相違点9-3の認定及び判断に誤りがあるとの原告の上記主張は,理由がない。
(3) 小括
以上のとおり,本件訂正発明9は,当業者が引用発明5に基づいて容易に発明をすることができたとはいえないとした本件審決の判断に誤りはないから,原告主張の取消事由1-1は,理由がない。 』
4.「拘束力」に関する裁判例の紹介
4-1.「高速旋回式バレル研磨法」最高裁判決
・最高裁判決平成4年4月28日昭和63年(行ツ)第10号「高速旋回式バレル研磨法」事件は、「特許無効審判事件についての審決の取消訴訟において審決取消しの判決が確定したときは、審判官は特許法一八一条二項の規定に従い当該審判事件について更に審理を行い、審決をすることとなるが、審決取消訴訟は行政事件訴訟法の適用を受けるから、再度の審理ないし審決には、同法三三条一項の規定により、右取消判決の拘束力が及ぶ。そして、この拘束力は、判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断にわたるものであるから、審判官は取消判決の右認定判断に抵触する認定判断をすることは許されない。」と判示し(下線部は、筆者が附した。)、本件とは逆に、審決取消訴訟判決が容易想到でないと判断した場合は、判決の拘束力により、当該引用文献に基づいて容易想到であることを主張できないと判示したものである。
「高速旋回式バレル研磨法」最高裁判決は、進歩性判断の事案についての判断であったが、サポート要件・実施可能要件違反についても同様に妥当し、前訴の確定判決の「拘束力は、判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断にわたる」ものであるから、同じサポート要件・実施可能要件違反であっても、異なる理由付けであれば確定判決の拘束力は及ばないと考えれば、本判決は同最高裁判決と矛盾しない。
何故にこのような問題提起を行っているかというと、進歩性判断(容易想到性判断)時の議論として、高部眞規子知財高裁所長は、「高速旋回式バレル研磨法」最高裁判決についての論稿(特許判例百選〔第5版〕86事件)において、「特定の引用例に基づいて当該特許発明を容易に発明することができたとはいえないとした審決を、容易に発明することができたとして取り消す判決が確定した場合には、再度の審判手続において、当該引用例に基づいて容易に発明することができたとはいえないとする当事者の主張や審決が封じられる結果、訂正請求をしない限り、無効審決がされることになる。」と解説するとともに、「実務詳説 特許関係訴訟(第3版)」(金融財政事情研究会・2016年)380頁)において「…単に引用例との一致点又は相違点の認定誤りといった事由ではなく、当該引用例からの容易想到性という次元で独立した取消事由として構成する運用にするのであれば、自ずから拘束力の範囲は、上記①(筆者注:「①特定の引用例からの容易想到性」)の判断ということになるのではなかろうか。」と解説しており、このような高部判事の解説に拠れば、同一の引用例に基づく容易想到性判断時には、審判段階で主張され、審決が判断していなくても、当該引用例に基づく容易想到性全体につき確定判決の拘束力が及ぶことになる。
そうすると、サポート要件・実施可能要件違反について、上掲・高部判事の解説に拠ると、どのような判断となるのか。単にサポート要件・実施可能要件違反の個別の理由の判断誤りといった事由ではなく、サポート要件・実施可能要件違反の有無という次元で独立した取消事由として構成する運用にするのであれば、自ずから拘束力の範囲は、サポート要件・実施可能要件違反の有無の判断ということになるのではなかろうか、という考え方も有り得るかもしれない。
この点については、進歩性判断の事案ではあるが、令和元年8月27日最高裁判決平成30年(行ヒ)第69号「アレルギー性眼疾患を処置するための点眼剤」事件-(原判決・平成29年11月21日・平成29年(行ケ)第10003号)-は参考になると思われる(拙稿・パテント誌2020年1月号論稿に詳述した。)。
4-2.前訴で判断されなかった記載要件(サポート要件・実施可能要件・明確性要件)違反の理由付けに、前訴の拘束力が及ぶか否かという論点について
サポート要件・実施可能要件判断時に、前訴判決(知財高判平成27年(行ケ)第10010号(鶴岡裁判長))は、「『亜鉛ベース合金』を『亜鉛アルミニウム合金(亜鉛含有率50%以上)』と限定しない限り,サポート要件及び実施可能要件に違反する」という無効審判請求人の主張を斥けるとともに、無効審判請求人が更に「本件特許の特許請求の範囲における『亜鉛ベース合金』に『金属間化合物』が含まれると解釈することを前提とした上で,本件明細書の発明の詳細な説明には,熱処理前の『亜鉛ベース合金』被膜が金属間化合物である場合が記載されていないことを理由として,本件特許にはサポート要件違反及び実施可能要件違反がある」旨を主張したのに対し、「原告が,本件において,取消事由2の一部とする前記主張は,原告が,本件の審判手続において無効理由として具体的に主張したものではなく,本件審決もこれについて判断しているものではないから,この点を本件審決の取消事由とする原告の主張は失当というべきである(本件審決が,合金には金属間化合物は含まれないという前提に立って審理判断をしたため,審判手続においては,この点に関する審理判断の余地が全くなかったという本件の経緯を考慮すると,この点は,改めて無効審判において審理判断されるべき事項というべきである。)。」と判示してサポート要件違反・実施可能要件違反の理由の一部を判断しなかった後、差戻後特許庁が前訴判決が判断しなかったサポート要件違反・実施可能要件違反について何れも無効理由なしと判断した不成立審決に対する審決取消訴訟である知財高判平成30年(行ケ)第10093号、令和元年9月19日判決言渡(森裁判長)「圧延熱処理用鋼板の帯材…を製造する方法」事件は、「本件では熱処理前の『亜鉛ベース合金』が『亜鉛ベースの金属間化合物』である場合にもサポート要件が充足されているかどうかが争点となっている」とした上で、サポート要件を充足すると判断するとともに、続いて、実施可能要件も充足するとして、請求を棄却した。
これら2件の裁判例に拠れば、サポート要件違反・実施可能要件違反について、審決取消訴訟の審理範囲は、サポート要件違反・実施可能要件違反の理由として審判手続で無効理由として具体的に主張され,審決が判断した限りであり、また、前訴の確定判決の拘束力の客観的範囲は、サポート要件違反・実施可能要件違反か否かという判断全体に及ぶものではなく、前訴で判断された理由付けに限られることになる。
(もっとも、この論点については、知財高裁の裁判官の中でも意見が分かれているため注意を要する。例えば、知財高判平成26年(行ケ)第10195号、平成27年10月29日判決言渡(高部裁判長)「無線発振装置およびレーダ装置」事件は、明確性要件に関する審決取消訴訟の審理範囲について、「被告は,取消事由2は本件訴訟の審理範囲に含まれない旨主張する。原告は,明確性要件違反の具体的内容は上記主張に係る事項とは異なるものの,本件審判手続において,本件発明30の特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号の規定する明確性要件を満たしていない旨主張し,本件審決において,本件発明30に係る特許請求の範囲の記載の特許法36条6項2号違反という無効理由については審理判断されている。そうすると,本件訴訟において,原告の上記主張についておよそ審理判断することができないものと解すべきではない。」と判示しており、“明確性要件の判断は一つである”とする説を採っていると評されている。この考え方は、明確性要件のみならず、サポート要件、実施可能要件についても同様に妥当すると思われるため、裁判例の蓄積に注目される。)(2019年12月AIPPI判例研究会「知財高裁における審決取消訴訟の実務の現状」森義之判事の講演資料参照)
4-3.裁判所の判断方法と確定判決の「拘束力」の客観的範囲
① 令和元年10月2日・知財高判平成30年(行ケ)第10108号「重金属類を含む廃棄物の処理装置およびそれを用いた重金属類を含む廃棄物の処理方法」事件<高部裁判長>は、「本件審決は,引用発明に甲2技術が適用されれば,『前記重金属類が閉じ込められた5CaO・6SiO2・5H2O 結晶(トバモライト)構造』が『前記有機系廃棄物の固形物上に』いくらかでも『層』として『形成』されて,重金属の溶出抑制を図ることができるものになる旨判断し,被告は,生成した造粒物の表面全体をトバモライト結晶層で覆うことになるのは当業者が十分に予測し得ると主張する。しかしながら,特開2002-320952号公報(甲8)にトバモライト生成によって汚染土壌の表面を被覆することの開示があるとしても(【0028】,図1。図1は別紙甲8図面目録のとおり。),かかる記載のみをもって,トバモライト構造が「前記有機系廃棄物の固形物上に』『層』として『形成』されることが周知技術であったとは認められず,被告の主張を裏付ける証拠はないから,引用発明1に甲2技術を適用して相違点2’に係る本願発明の構成に至るということはできない。」と判断した上で、「以上によれば,引用発明に甲2技術を適用することによって相違点2’に係る構成を想到するに至らないのであるから,本件審決の理由によって,本願発明は引用発明及び甲2技術に基づいて容易に発明できたものとはいえない。」と結論し、拒絶審決を取り消した。
最高裁判決の後に出された審決取消訴訟の知財高裁判決において、「本件審決の理由によって,本願発明は引用発明及び甲2技術に基づいて容易に発明できたものとはいえない。」と判示されたことは、何らかの意味があると考えられる。
同判決によれば、本願発明は引用発明(甲1)及び甲2技術(甲2)により進歩性を否定できないことに広く拘束力が及ぶのか、それとも、「高速旋回式バレル研磨法」最高裁判決が判示した「この拘束力は、判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断にわたる」というところの「判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断」とは、「本件審決の理由によって」引用発明(甲1)及び甲2技術(甲2)により進歩性を否定できないという限りであって、「本件審決の理由」以外の理由によって再度進歩性を認めない審決をすることが可能なのであろうか。この点については、「高速旋回式バレル研磨法」最高裁判決の「審判官は同一の引用例から当該発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたと認定判断することは許されない」という判示との関係も要検討であろう。
② 東京高判平成9年9月25日平成9年(行ケ)第87号「仮撚加工法」事件<伊藤裁判長>は、「本件前判決は、引用例2及び引用例1から本願発明を当業者が容易に発明することができたとはいえないとの理由で本件前審決を取り消し、本件前判決は確定したものであるから、本件審決をする審判官は、本件前判決の拘束力が及ぶ結果、本件前審決におけると同一の引用例から本願発明をその特許出願前に当業者が容易に発明することができたと認定判断することは許されず、この理は、本件審決の理由中で、本件前審決と異なり引用例1を主たる引用例とする場合であっても同様である。」と判示して、主従引用例を入れ替えても、容易想到でない旨の前訴判決の拘束力の範囲内であるとした。(Cf.知財高判平成24年(行ケ)第10328号「臭気中和化および液体吸収性廃棄物袋」事件<芝田裁判長>)
③ 知財高判平成30年7月19日平成29年(行ケ)第10174号「遊戯装置」事件(コーエー vs. カプコン)<鶴岡裁判長>は、一事不再理効の客観的範囲という文脈中で、「原告は,審判において審理された公知事実に関する限り,複数の公知事実が審理判断されている場合に,その組合せにつき審決と異なる主張をすることは,それだけで直ちに審判で審理判断された公知事実との対比の枠を超えるということはできず(知財高裁平成28年(行ケ)第10087号同29年1月17日判決),甲8発明の内容については本件審決において具体的に審理されていることから,被告による防御という観点からも問題はなく,また,紛争の一回的解決の観点からも,公知発明と甲8発明の組合せによる容易想到性を本件訴訟において判断することは許される,と主張する。
しかしながら,この主張が,本件審決の手続上の違法(判断の遺漏)を主張するものではなく,実体判断上の違法(進歩性の判断の誤り)を主張するものであるとしても,本件審判手続において,甲8発明の内容を個別に取り上げて公知発明に適用する動機付けの有無やその他公知発明と甲8発明の組合せの容易想到性を検討することは何ら行われていない。したがって,かかる組合せによる容易想到性の主張は,専ら当該審判手続において現実に争われ,かつ,審理判断された特定の無効原因に関するものとはいえないから,本件審決の取消事由(違法事由)としては主張し得ないものである(最高裁昭和42年(行ツ)第28号同51年3月10日大法廷判決・民集30巻2号79頁〔メリヤス編機事件〕参照)。
なお,原告が指摘する上記知財高裁判決は,審判手続で主張されていない引用例の組合せについて,審決取消訴訟において審理判断することを当事者双方が認め,なおかつ,その主張立証が尽くされている事案であるから,本件訴訟とは事案を異にするというべきである。
また,原告は,特許法167条の『同一の事実及び同一の証拠』の意義について,特許無効審判の一回的紛争解決を図るという趣旨をより重視して広く解釈されてしまうと,本件審決が確定した後に公知発明と甲8発明の組合せによる容易想到性を争うことが同条により許されないと解釈されるおそれがあり(知財高裁平成27年(行ケ)第10260号同28年9月28日判決),その場合,原告による本件特許の無効を争う機会を奪うことになり不当であるから,本件訴訟で公知発明と甲8発明の組合せによる容易想到性に関する本件審決の判断の遺漏及び違法を争うことは許される,とも主張する。
しかしながら,本件審判手続においても,本件訴訟手続においても,公知発明と甲8発明の組合せによる容易想到性という無効理由の有無については何ら審理判断されていないのであるから,特許法167条の『同一の事実及び同一の証拠』に当たるということはないというべきである。」と判示して、審判・取消訴訟で審理判断されていない引用例の組み合わせについては、一事不再理効は生じないから、審決取消訴訟の審理範囲ではないとした。
④ 東京高判平成13年5月24日平成10年(行ケ)第267号「フラッシュパネル用芯材」事件<山下裁判長>は、「…前判決は,先願発明においては,芯材として,複合シートを用いることが技術的に自明であると認定し,同認定を前提として,複合シートをコア材料として用いることが先願発明において自明のことであると認めることもできない,とした審決の認定判断は誤りであるとの判断はしたものの,先願発明と本件第1発明の構成が同一であるか否かについて,それ以上には何らの認定判断もしていない。そうである以上,この点について,本件審決が前判決の拘束力を受けることはあり得ない。前審決が,本件第1発明においては,複合シートを利用することがその構成要件の一つとされているのに,先願明細書等に複合シートについて何ら記載はなく,先願発明において複合シートを利用することが自明ともいえないから,本件第1発明と先願発明は同一ではない,と認定判断したのに対して,上記認定判断のうち理由となる部分(甲)を否定してそれに基づいてその結論の部分(乙)を否定したとしても,そこで示された前判決の内容は,甲を理由に乙の結論を導くことはできない,ということに尽き,甲以外の理由で乙の結論が導かれるか否かについては何も述べるわけではないことは,当然であるからである。」と判示した。
⑤ 東京高判平成16年12月27日平成13年(行ケ)第278号「カードゲーム玩具」事件<塚原裁判長>は、「審決を取り消した判決の拘束力は,当該審決取消訴訟で実際に主張されて審理判断された事項に常に限定されるものではなく,むしろ,基本的には,当該判決が審理の対象とする審判手続及び審決で審理判断された事項のすべてに及ぶものとするのが審決取消訴訟の判決の最も望ましい理念型であるということができる。もっとも,このような見解を採用するとしても,当事者が審決取消訴訟で当該事項を主張しなかったことにつき相当な理由があったり,あるいは,当該事項を主張することにつき障害事由や困難な事情等があったりしたなどの特段の事情があり,審決取消訴訟で現実に審理判断がされなかった場合には,当該事項には判決の拘束力は及ばないものとするのが相当であろう。…裁判所は,多くの場合,原告の主張する審決取消事由の存否のみについて審理判断すれば足りるものとし,被告に対し,いわば抗弁として,審決が相違点であることを否定したり又は相違点であるとしても進歩性を否定したりした事項について,これを覆すための主張立証の機会を与えないできたのであり,例外的に,被告に対し,抗弁的な主張立証をするよう釈明権を行使しても,被告がその趣旨を容易には理解しないことも決して希有ではなかったことなどを考慮すると,本件について,直ちに上述した見解を採用し,これをもってに<ママ>臨むことには,いささか躊躇せざるを得ないものがある。
そもそも,判決の既判力や拘束力といった効力がどの範囲に及ぶかという問題は,訴訟制度の目的から純粋理論的に演繹的に導出するという問題にとどまるのではなく,訴訟の実際の運営において一般的にどこまで審理判断しているのかという実情に即して,現実に審理判断した範囲のほか,これと同視するのが相当である範囲はどこまでかを相対的・帰納的に導出する政策的な問題を多分に含むものである。上述したように,現在の審決取消訴訟の運営の実情をみると,通常,原告の主張する審決取消事由の存否のみを審理判断の対象として,主張整理及び証拠調べが行われているのであって,原告主張の審決取消事由が認められることに備えて,被告に対し,審決で当該特許を無効とする方向の判断をした点(相違点ではないとした点,相違点ではあるものの進歩性がないとした点)について,これを覆すような抗弁的な主張立証を促す訴訟指揮をすることに対しては,これを違法視し,そのような見解に立って請求棄却の判決をすることは許されないとする見解もないではない。そうすると,裁判所は,上記のような釈明権が必要かつ妥当な事件を選んでこれを適切に行使し,当事者もこれに応じて的確な訴訟活動(被告が必要でもない抗弁的な主張立証をし,そして,原告がこれに反論反証をすることによって,訴訟遅延を招かないよう特に注意すべきであろう。)をし,これによって無用な第二次,第三次訴訟をできる限り少なくするよう努めることが当面の課題となるであろう。そうした常態が実現したときに至って,初めて,第一次訴訟の被告が必要な主張立証をしなかったことについて,第一次判決の拘束力によって失権効を肯定すべきことになるであろう。
以上のとおり考えると,現状の下において,上記の見解をにわかに採用することは妥当性を欠くきらいがあるので,原告主張の取消事由の検討に当たっては,上記見解に立たずに,第一次判決の拘束力は現実に審理判断した事項に限定されるとの従来の実務上の見解に立って,以下,検討することとしたい。」と判示した。
⑥ 知財高判平成24年7月25日平成23年(行ケ)第10333号「排気熱交換器」事件<高部裁判長>は、「前判決は,前審決が認定した引用例1に記載された発明…を前提として,前審決が認定した相違点5…に係る本件発明1の構成…についても,引用発明との間に相違はないと判断して,引用発明に基づいて容易に発明することはできないとした前審決を取り消したものであるから,少なくとも,引用発明の認定及び相違点5に係る判断について,再度の審決に対する拘束力が生ずるものというべきである。また,前判決は…相違点6に係る本件発明2の構成についても,相違点7に係る本件発明3の構成についても,本件発明1と同様に,引用発明との間に相違はないと判断したものということができる。したがって,前判決のこれらの判断についても再度の審決に対する拘束力が生ずるものというべきである。以上によれば,本件審決による引用発明の認定並びに相違点5ないし7に係る判断は,いずれも前判決の拘束力に従ってしたものであり,本件審決は,その限りにおいて適法であり,本件訴訟においてこれを違法とすることはできない。」と判示した。
⑦ 知財高判平成27年1月28日平成26年(行ケ)第10068号「ポリウレタンフォーム」事件<石井裁判長>は、「第1次取消判決の認定判断は,第1次審決が特にその使用目的を限定することなく甲1文献に開示されているとした甲1混合気体について,これが放散比較調査に用いられた旨の甲1文献の記載内容を踏まえた上で,同混合気体からHCFC-141bを完全に除去することは当業者が予測できるとはいえないとの第1次審決の判断が誤りであるというものである。なお,第1次審決は,甲1混合気体の使用目的については特に認定していないものの,甲1文献の記載内容に照らして,これが放散比較調査に用いるためのものであることは明らかであり,同審決が,かかる使用目的を甲1混合気体の使用目的から積極的に排斥する趣旨であったとは認め難い。そうすると,第1次審決取消後の新たな審判手続において,第1次取消判決が引用したのとほぼ同じ甲1文献の記載内容から,甲1発明として,HCFC-141b,HFC-245fa及びHFC-365mfcという3つの組成物を含む点で甲1混合気体と実質的に同一の混合物を認定しただけでなく,第1次審決や第1次取消判決の認定と異なり,その使用目的を新たに認定し,この使用目的に照らして,同混合物からHCFC-141bを除去することに当業者が容易に想到し得ないと判断することは,第1次取消判決の上記認定判断に抵触するものというべきである。よって,本件審決には,第1次取消判決の拘束力に抵触する認定判断を行った誤りがあり,この誤りは本件審決の結論に影響するものであるから,本件審決は取消しを免れないといわざるを得ない。」と判示して、前判決の黙示の認定判断に拘束力を認めた(興津征雄「特許審決取消判決の拘束力の範囲」知的財産法政策学研究53号(2019)247頁)。
⑧ 知財高判平成31年2月26日平成30年(行ケ)第10071号「導電性材料の製造方法(銀フレーク)」事件<大鷹裁判長>は、「被告は,確定した前訴判決(取消判決)の拘束力に従って認定判断した本件審決の取消しを求める本件訴訟は,前訴判決による紛争の解決を専ら遅延させる目的で提起されたものであり,本件訴えの提起は,訴権の濫用として評価されるべきものであるから,本件訴えは,不適法であり,却下されるべきである旨主張する。そこで検討するに,原告主張の本件審決の取消事由中には,前訴判決が判断しなかった相違点についての本件審決の判断に誤りがあることを理由とするもの…が含まれていることに照らすと,本件訴えの提起が,前訴の蒸し返しであるものと直ちにいうことはできず,訴権の濫用に当たるものと認めることはできない。」と判示した。
原告(無効審判請求人):個人
被告(特許権者):日亜化学工業株式会社
(Keywords)無効、訂正要件、進歩性、拘束力、日亜化学、大鷹、高部
執筆:高石秀樹(弁護士・弁理士)(特許ニュース令和2年1月20日の原稿を追記・修正したものです。)
監修:吉田和彦(弁護士・弁理士)
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