知財高判(大合議)平成30年(ネ)第10063号 令和元年6月7日判決(高部裁判長)
本判決は、特許法102条2項(侵害者の利益相当額)、特許法102条3項(実施料相当額)を用いた損害額の算定方法及び考慮要素について判断した。
特許法102条2項については、限界利益を算定するために控除できる経費を「侵害者において侵害品を製造販売することによりその製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費」のみとし、「利益全額について同項による推定が及ぶ」と解し、推定覆滅事由である「侵害者が得た利益と特許権者が受けた損害との相当因果関係を阻害する事情」としては、例えば、「①特許権者と侵害者の業務態様等に相違が存在すること(市場の非同一性)、②市場における競合品の存在、③侵害者の営業努力(ブランド力、宣伝広告)、④侵害品の性能(機能、デザイン等特許発明以外の特徴)などの事情」、及び、「特許発明が侵害品の部分のみに実施されている場合」における「特許発明が実施されている部分の侵害品中における位置付け、当該特許発明の顧客誘引力等の事情」を判示した。
特許法102条3項については、令和元年新法特許法102条4項を先取りして、「特許権侵害をした者に対して事後的に定められるべき、実施に対し受けるべき料率は、むしろ、通常の実施料率に比べて自ずと高額になるであろうことを考慮すべきである。」と判示し、料率を定める具体的方針として、「①当該特許発明の実際の実施許諾契約における実施料率や、それが明らかでない場合には業界における実施料の相場等も考慮に入れつつ、②当該特許発明自体の価値すなわち特許発明の技術内容や重要性、他のものによる代替可能性、③当該特許発明を当該製品に用いた場合の売上げ及び利益への貢献や侵害の態様、④特許権者と侵害者との競業関係や特許権者の営業方針等訴訟に現れた諸事情を総合考慮して、合理的な料率を定めるべき」とした。
最終的には、控訴人キアラマキアート以外の控訴人については、特許法102条2項に基づいて算定した損害額が、特許法102条3項に基づいて算定した損害額を上回ったため、特許法102条2項に基づいて算定した損害額が認容された。控訴人キアラマキアートについては、特許法102条3項に基づいて算定した損害額が、特許法102条2項に基づいて算定した損害額を上回ったため、特許法102条3項に基づいて算定した損害額が認容された。本判決は、大合議判決として特許法102条2項及び3項について判示した知財高裁の意見表明であるから、今後の実務上極めて重要な意義を有すると思われる。
1.条文(特許法102条2項)
「特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為により利益を受けているときは、その利益の額は、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額と推定する。」
2.特許法102条2項が適用されるための要件
(判旨抜粋)
「特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には、特許法102条2項の適用が認められると解すべきである。」
本大合議判決の事案では、特許権者も本件発明1-1及び2-1の技術的範囲に属する製品を製造・販売していたから、実質的な争点ではなかった。
過去の重要裁判例として、知財高裁(大合議)平成24年(ネ)第10015号「ごみ貯蔵機器」事件は、
「…特許法102条2項は,民法の原則の下では,特許権侵害によって特許権者が被った損害の賠償を求めるためには,特許権者において,損害の発生及び額,これと特許権侵害行為との間の因果関係を主張,立証しなければならないところ,その立証等には困難が伴い,その結果,妥当な損害の塡補がされないという不都合が生じ得ることに照らして,侵害者が侵害行為によって利益を受けているときは,その利益額を特許権者の損害額と推定するとして,立証の困難性の軽減を図った規定である。このように,特許法102条2項は,損害額の立証の困難性を軽減する趣旨で設けられた規定であって,その効果も推定にすぎないことからすれば,同項を適用するための要件を,殊更厳格なものとする合理的な理由はないというべきである。したがって,特許権者に,侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には,特許法102条2項の適用が認められると解すべきであり,特許権者と侵害者の業務態様等に相違が存在するなどの諸事情は,推定された損害額を覆滅する事情として考慮されるとするのが相当である。…特許法102条2項の適用に当たり,特許権者において,当該特許発明を実施していることを要件とするものではないというべきである。…原告は,コンビ社との間で本件販売店契約を締結し,これに基づき,コンビ社を日本国内における原告製品の販売店とし,コンビ社に対し,英国で製造した本件発明1に係る原告製カセットを販売(輸出)していること,コンビ社は,上記原告製カセットを,日本国内において,一般消費者に対し,販売していること,もって,原告は,コンビ社を通じて原告製カセットを日本国内において販売しているといえること,被告は,イ号物件を日本国内に輸入し,販売することにより,コンビ社のみならず原告ともごみ貯蔵カセットに係る日本国内の市場において競業関係にあること,被告の侵害行為…により,原告製カセットの日本国内での売上げが減少していることが認められる。…原告には,被告の侵害行為がなかったならば,利益が得られたであろうという事情が認められるから,原告の損害額の算定につき,特許法102条2項の適用が排除される理由はない…。」
として、特許法102条2項の適用を広範に認めている。
そうすると、2つの知財高裁大合議判決に照らせば、被疑侵害者側としては、実務上、特許法102条2項の適用はかなり広く、日本国内で販売していない特許権者であっても、少なくとも、特許権者が販売代理店契約を締結している場合には適用されると想定しておくべきであり、その他の場合も、今後適用されるべき場合があり得ると考えておくべきであろう。なお、特許権者が製品の販売をしておらず、ライセンスをしているにとどまる場合にも特許法102条2項が適用されるか否かについては、明確に論点として取り上げて判示した裁判例は見当たらず、学説は分かれている。
3.侵害行為により侵害者が受けた「利益」、控除される経費、立証責任
(判旨抜粋)
「特許法102条2項所定の侵害行為により侵害者が受けた利益の額は、侵害者の侵害品の売上高から、侵害者において侵害品を製造販売することによりその製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費を控除した限界利益の額であり、その主張立証責任は特許権者側にあるものと解すべきである。」「…例えば,侵害品についての原材料費,仕入費用,運送費等がこれに当たる。これに対し,例えば,管理部門の人件費や交通・通信費等は,通常,侵害品の製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費には当たらない。」
侵害者が受けた「利益」の額がいわゆる「限界利益」を意味することは多数の裁判例で認定されているところであるが、「限界利益」と一言で言っても、いかなる経費を控除することができるかは、裁判例毎に必ずしも一致していない。
その中でも、本大合議判決は、侵害者が「侵害者において侵害品を製造販売することによりその製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費」のみを控除できるとして、控除範囲を比較的狭く解している[i]。侵害者が主張した各経費の控除が認められたか否かの具体的な当てはめは本判決の抜粋を参照されたいが、少なくとも本大合議判決の経費の控除は、相当に限定的である[ii]。
この考え方によると、控除される経費は侵害者側の事情で定まるから、権利者の逸失利益と損害額がさらに乖離する可能性もあるが、特許法102条2項が損害額の立証の困難性を緩和するために設けられた推定規定であるという立法趣旨に鑑みれば正当化できると考えられる。また、そもそも、特許法102条2項において特許権者が主張立証すべき対象は「侵害者側の利益の額」である以上、侵害者側の事情で控除される経費が決まることは当然であるという面もあろう。
4.「推定」される損害額の範囲(立証責任)~「寄与率(度)」と「非寄与率(度)」
(判旨抜粋)
「特許法102条2項の上記趣旨からすると、同項所定の侵害行為により侵害者が受けた利益の額とは、原則として、侵害者が得た利益全額であると解するのが相当であって、このような利益全額について同項による推定が及ぶと解すべきである。」
この判示は、特許法102条2項の「その者がその侵害の行為により利益を受けているときは、その利益の額は、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額と推定する」という推定規定の意味が、文字どおり、侵害者利益の額全部を損害額と推定するという意味であり、特許発明が製品・方法の一部のみに関与しているような場合でそれ故に損害額が少ないというような主張があり得るとすれば、その主張については、推定された損害額を覆滅するという位置付けであり、侵害者側に立証責任が課されることを明らかにしたものである。
特許発明が製品・方法の一部のみに関与しているような場合に損害額が少ないことを、従前は「寄与率(度)」という用語で判示していたが、近時は、東京地裁・知財高裁では「寄与率(度)」という概念を用いず、逆に、本大合議判決のように、「非寄与率(度)」という概念を用いる例がみられる。この違いにより、立証責任の所在が異なることになる。
これに対し、大阪地裁では、現在でも「寄与率(度)」という用語を用いて判示している例が見られ、損害論の判断枠組みが若干異なるように見受けられる。例えば、大阪地判平成30年11月29日(平成28年(ワ)第5345号)「美容器」事件は、「本件発明2は、美容器のローラの軸受に関するものであるところ、寄与率は、上記のとおり、特許が製品の販売に寄与するところを考慮するものであるから、製品全体に占める軸受部分の原価の割合や、軸受部分の価格それ自体によって機械的に画されるものではなく、軸受がローラを円滑に回転し得るよう保持していることは、製品全体の中で一定の意義を有しているというべきであるが、軸受は、美容器の一部分であり、需要者の目に入るものではないし、被告が本件訴訟提起後に設計変更しているとおり、ローラが円滑に回転し得るよう支持する軸受の代替技術は存したと解されるから、本件発明2の技術の利用が被告製品の販売に寄与した度合いは高くなく、上記事情を総合すると、その寄与率は10%と認めるのが相当である」と判示している。(※この、「美容器」事件は、102条1項ただし書きで5割が控除されたうえで、更に、寄与率10%を乗じるというダブル割り算になっている。なお、「美容器」事件は、知財高裁で大合議指定されている。)
5.「推定」覆滅事由(一般論)
(判旨抜粋)
「特許法102条2項における推定の覆滅については、同条1項ただし書の事情と同様に、侵害者が主張立証責任を負うものであり、侵害者が得た利益と特許権者が受けた損害との相当因果関係を阻害する事情がこれに当たると解される。例えば、①特許権者と侵害者の業務態様等に相違が存在すること(市場の非同一性)、②市場における競合品の存在、③侵害者の営業努力(ブランド力、宣伝広告)、④侵害品の性能(機能、デザイン等特許発明以外の特徴)などの事情について、特許法102条1項ただし書の事情と同様、同条2項についても、これらの事情を推定覆滅の事情として考慮することができるものと解される。また、特許発明が侵害品の部分のみに実施されている場合においても、推定覆滅の事情として考慮することができるが、特許発明が侵害品の部分のみに実施されていることから直ちに上記推定の覆滅が認められるのではなく、特許発明が実施されている部分の侵害品中における位置付け、当該特許発明の顧客誘引力等の事情を総合的に考慮してこれを決するのが相当である。」
この判示は、「特許法102条2項における推定の覆滅」の事由である「侵害者が得た利益と特許権者が受けた損害との相当因果関係を阻害する事情」としては、例えば、「①特許権者と侵害者の業務態様等に相違が存在すること(市場の非同一性)、②市場における競合品の存在、③侵害者の営業努力(ブランド力、宣伝広告)、④侵害品の性能(機能、デザイン等特許発明以外の特徴)などの事情」による推定覆滅と、「特許発明が侵害品の部分のみに実施されている場合」の推定覆滅とが想定されており、後者の推定覆滅は、上掲した「非寄与率(度)」の問題であると考えられる。
6.「推定」覆滅事由(本大合議判決の事例において争われた事項)
(判旨抜粋)
「控訴人らが競合品であると主張する製品は,その販売時期や市場占有率等が不明であり,市場において被告各製品と競合関係に立つものと認めるには足りない。」
「事業者は、製品の製造、販売に当たり、製品の利便性について工夫し、営業努力を行うのが通常であるから、通常の範囲の工夫や営業努力をしたとしても、推定覆滅事由に当たるとはいえない…。」
「侵害品が特許権者の製品に比べて優れた効能を有するとしても、そのことから直ちに推定の覆滅が認められるのではなく、当該優れた効能が侵害者の売上げに貢献しているといった事情がなければならない…。」
「侵害品が他の特許発明の実施品であるとしても、そのことから直ちに推定の覆滅が認められるのではなく、他の特許発明を実施したことが侵害品の売上げに貢献しているといった事情がなければならない…。」
「特許発明の実施の事実が認められない場合に、その特許に関する表示のみをもって推定覆滅事由として考慮することは相当でない…。」
「被告各製品にブチレングリコールが配合されたことによる効果が控訴人らの売上げに貢献しているといった事情も認められない本件において、ブチレングリコールが配合されていることは、被控訴人の受ける損害とは無関係であるから、控訴人らが指摘する乙A3の実験の結果は、控訴人らの上記主張を基礎付けるものではない。」
1.条文(特許法102条3項)
「特許権者又は専用実施権者は、故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対し、その特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額の金銭を、自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができる。」
2.特許法102条3項に基づく損害額の算定方法
(判旨抜粋)
「同項による損害は、原則として、侵害品の売上高を基準とし、そこに、実施に対し受けるべき料率を乗じて算定すべきである。」
特許権侵害訴訟において、特許権者側から、侵害者の利益を基準にすべきであるとか、定価として表示している金額を基準にすべきであるという主張がなされることがあるが、裁判例の多数は、「侵害品の売上高」を基準としており、本大合議判決も同様である。
もっとも、知財高判平成20年(ネ)第10085号「インターネットサーバのアクセス管理およびモニタシステム」事件は、無償で提供したからといって、売上げがゼロである場合に損害額もゼロになるというものではないと判示した。しかし、このことと、割引前の表示価格(通常料金)を基準にすべきか否かは別問題である。同判決も、「特許法102条3項にいう『特許発明の実施に対し受けるべき金銭』として,例えば,特許発明の実施品の販売に対する売上金に基づいて算定される実施料相当額を想定することができる」と判示しているとおり、「実施料相当額」は、売上金に基づいて算定されることが典型的であって、売上金と異なる表示価格を基準とすべき根拠とはならない。また、同判決は、結局「控訴人の損害額を立証するために必要な事実を立証することは,その性質上極めて困難である」として、特許法105条の3の規定により、各事情を「総合的に考慮すると、控訴人の損害額は1400万円を下らない」とざっくりと認定したものである。
大阪地判平成26年(ワ)第5210号「パック用シート」事件も、無償譲渡であっても「譲渡分についての実施料相当額は,販売(有償譲渡)した場合と同様に算定する」とした上で、「被告製品を市場で販売することを想定する場合,本件特許発明の実施許諾の際には,実際に販売された分については,実施品の総売上額に実施料率を乗じることによって実施料を算出する方式を採用するものと考えられ,被告製品を市場で販売した場合の価格を基準に実施料相当額を算定するのが相当である。…そして,原告が受けるべき実施料相当額を算定するに当たって基礎とすべき被告製品1枚当たりの販売価格としては,同種商品の市場販売価格(…)を考慮すれば,その平均的な価格として1000円とするのが相当である。」と判示して、1000円を基礎として実施料相当額を算定した。同判決も、「実施料相当額」は同種商品の市場販売価格を基礎として算定するとしており、売上金と異なる表示価格を基準とすべき根拠とはならない。
その他の各裁判例においても、「実施料相当額」の算定基礎となる販売価格は現実の販売価格とされている(大阪高判平成4年12月4日知財集24巻3号881頁、大阪地判平成3年5月27日知財集23巻2号320頁「二軸強制混合器」事件、東京地判平成26年3月26日・平成23年(ワ)3292号「電池式警報器」事件、等)。
さらに、著作権の判決であるが、東京地判平成20年(ワ)第6848号は、「通常,販売価格は販売者が決定し得るものであることを考慮すると,本件DVDの販売による使用料相当額の算定に当たっては,販売価格が通常予想される販売価格よりも極めて低額である等の特段の事情がある場合を除き,本件DVDの現実の販売価格を基準とするのが相当であるというべきである。」としたうえで、、「1800円という本件DVDの販売価格は,通常予想されるよりも極めて低額であるとまではいい難く,本件各証拠に照らしても,他に特段の事情があるとは認められない」から、使用料相当額の算定基礎を侵害者の比較的安価な販売価格である1800円としている。
このような各裁判例に照らせば、特許法102条3項の「特許発明の実施に対し受けるべき金銭」は、市場販売価格を基礎として算定されるものであって、市場販売価格よりも高値で販売されることが僅かにあるからといって、販売価格をその高値で算定はしていない。
3.「料率」を定める方針(新法特許法102条4項との関係を含む)
(判旨抜粋)
「特許法102条3項所定の『その特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額』については、平成10年法律第51号による改正前は『その特許発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額』と定められていたところ、『通常受けるべき金銭の額』では侵害のし得になってしまうとして、同改正により『通常』の部分が削除された経緯がある。
特許発明の実施許諾契約においては、技術的範囲への属否や当該特許が無効にされるべきものか否かが明らかではない段階で、被許諾者が最低保証額を支払い、当該特許が無効にされた場合であっても支払済みの実施料の返還を求めることができないなどさまざまな契約上の制約を受けるのが通常である状況の下で事前に実施料率が決定されるのに対し、技術的範囲に属し当該特許が無効にされるべきものとはいえないとして特許権侵害に当たるとされた場合には、侵害者が上記のような契約上の制約を負わない。そして、上記のような特許法改正の経緯に照らせば、同項に基づく損害の算定に当たっては、必ずしも当該特許権についての実施許諾契約における実施料率に基づかなければならない必然性はなく、特許権侵害をした者に対して事後的に定められるべき、実施に対し受けるべき料率は、むしろ、通常の実施料率に比べて自ずと高額になるであろうことを考慮すべきである。
したがって、実施に対し受けるべき料率は、①当該特許発明の実際の実施許諾契約における実施料率や、それが明らかでない場合には業界における実施料の相場等も考慮に入れつつ、②当該特許発明自体の価値すなわち特許発明の技術内容や重要性、他のものによる代替可能性、③当該特許発明を当該製品に用いた場合の売上げ及び利益への貢献や侵害の態様、④特許権者と侵害者との競業関係や特許権者の営業方針等訴訟に現れた諸事情を総合考慮して、合理的な料率を定めるべきである。」
このような議論は、平成10年法改正時に「通常」という文言が削除された経緯において議論されていたが、必ずしも判決における認容額に反映されていないという意見もあり、令和元年の新法特許法102条4項として、「裁判所は、第一項第二号及び前項に規定する特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額を認定するに当たつては、特許権者又は専用実施権者が、自己の特許権又は専用実施権に係る特許発明の実施の対価について、当該特許権又は専用実施権の侵害があつたことを前提として当該特許権又は専用実施権を侵害した者との間で合意をするとしたならば、当該特許権者又は専用実施権者が得ることとなるその対価を考慮することができる。」という条項を新設した。本大合議判決時には令和元年新法は未施行であったが、このような議論及び新法を先取りする形で、本大合議判決は、かかる議論を積極的に取り入れた判決をしたものである。
本大合議判決も、「被控訴人の保有する同じ分野の特許の特許権侵害に関する解決金を売上高の10%とした事例があること」を事実認定しているように、「①当該特許発明の実際の実施許諾契約における実施料率」は特許法102条3項の料率を定める際の重要なファクターの一つである。実際の特許権侵害訴訟においても、侵害者側が特許権者に対し文書提出命令(特許法105条)を申し立てて、特許権者が存在をほのめかしたライセンス契約の開示を求めることがある。
4.本大合議判決の事案における当て嵌め
(判旨抜粋)
「①本件訴訟において本件各特許の実際の実施許諾契約の実施料率は現れていないところ、本件各特許の技術分野が属する分野の近年の統計上の平均的な実施料率が、国内企業のアンケート結果では5.3%で、司法決定では6.1%であること及び被控訴人の保有する同じ分野の特許の特許権侵害に関する解決金を売上高の10%とした事例があること、②本件発明1-1及び本件発明2-1は相応の重要性を有し、代替技術があるものではないこと、③本件発明1-1及び本件発明2-1の実施は被告各製品の売上げ及び利益に貢献するものといえること、④被控訴人と控訴人らは競業関係にあることなど、本件訴訟に現れた事情を考慮すると、特許権侵害をした者に対して事後的に定められるべき、本件での実施に対し受けるべき料率は10%を下らないものと認めるのが相当である。」
この判示は、「国内企業のアンケート結果」、すなわち、株式会社帝国データバンクが作成した「知的財産の価値評価を踏まえた特許等の活用の在り方に関する調査研究報告書~知的財産(資産)価値及びロイヤルティ料率に関する実態把握~(平成22年3月)」で報告されている料率の概ね2倍を認定したものであり、今後の実務に向けて一つの指針となると思われる。
この侵害プレミアム、すなわち、特許権侵害訴訟で侵害判断が出る前は非充足又は無効の可能性がある分だけ料率を低く合意される傾向にあることは当然であり、特許権侵害訴訟の判決においてはそのような可能性が消滅している分だけ料率が高くなるべきであるという議論は従前よりなされており、例えば、山田知司元大阪高裁判事が、Law and Technology No.75 2017/4「特許法102条3項の損害認定」において、「実施料相当額の認定は、類例または業界の相場から出発して、当該事案の特殊性による増減額要素の重みづけを明示して仮想ライセンス料の認定に努力し、そこから有効な特許を侵害されたことを考慮して原則2倍とすべきである。」と述べていたことと合致する。
なお、この帝国データバンクの平成22年報告書は、近時の裁判例で多く引用されており、無料でダウンロードできるので、特許実務家は必ず確認すべきであろう。
5.特許法102条3項に基づく損害額算定と、特許の「寄与」
(判旨抜粋)
「控訴人らは,被告各製品における本件各特許の寄与が限定されることを根拠に実施に対し受けるべき料率を低くすべきであると主張するが,前記5(3)に説示したところに照らし,本件発明1-1及び本件発明2-1を被告各製品に用いたことによる売上げ及び利益への貢献が限定されるとは認められないから,控訴人らの主張は前提を欠く。」
このように、本大合議判決は、本事案では「被告各製品における本件各特許の寄与が限定される」とは認められないと判断したが、この当て嵌めからすれば、仮に「特許の寄与が限定される」ことを侵害者側が反証できたときは、特許法102条3項を利用した損害額算定においても考慮要素となると考えられる。
(なお、引用された判示中の下線は筆者が付した。)
(原告:被控訴人)株式会社メディオン・リサーチ・ラボラトリーズ
(被告:控訴人)ネオケミア株式会社、株式会社キアラマキアート、他
(Keywords)特許、損害、102条、メディオン、ネオケミア、キアラマキアート、帝国データバンク、二酸化炭素含有粘性組成物、大合議、特別部、推定覆滅、限界利益、控除、ごみ貯蔵機器、令和元年改正特許法、寄与率、寄与度、非寄与率、非寄与度、山田知司、高部
執筆:高石秀樹(弁護士・弁理士)(特許ニュース令和元年9月17日の原稿を追記・修正したものです。)
監修:吉田和彦(弁護士・弁理士)
本件に関するお問い合わせ先: h_takaishi@nakapat.gr.jp
〒100-8355 東京都千代田区丸の内3-3-1新東京ビル6階
中村合同特許法律事務所
[i] 東京大学大学院法学政治学研究科の田村善之教授は、「侵害者側の限界利益率」としている。
[ii] 【本大合議判決の「控除すべき経費」に関する判示部分の抜粋】
「ウ 控除すべき経費
(ア) 前記のとおり,控除すべき経費は,侵害品の製造販売に直接関連して追加的に必要となったものをいい,例えば,侵害品についての原材料費,仕入経費,運送費等がこれに当たる。これに対し,例えば,管理部門の人件費や交通・通信費等は,通常,侵害品の製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費には当たらない。
そして,被控訴人は,本件損害期間に係る上記原材料費,仕入経費及び運送費等控除すべき経費として別紙「売上高・経費一覧表」の「争いのない経費」欄記載のとおり主張し,この額の限度では当事者間に争いがない。控訴人らは,同別紙「控訴人らの主張する経費」欄記載のとおり,さらに控除すべき経費を主張するので,以下において判断する。
(イ) 控訴人ネオケミアの経費について(被告各製品)
控訴人ネオケミアは,R&Dセンターの研究員の人件費を控除すべきであると主張する。しかし,R&Dセンターの研究員の業務の具体的内容や被告各製品(2,5~7,9,11~14及び16~18については顆粒剤)の製造販売に関する従事状況は明らかではないから,控訴人ネオケミアの主張する人件費が,これらの製品の製造販売に直接関連して追加的に必要となったということはできない。よって,上記人件費をこれらの製品の売上高から控除すべき経費とみるのは相当ではない。
(ウ) 控訴人コスメプロの経費について(被告製品1,14,15及び18)
a パート従業員の人件費
控訴人コスメプロは,パート従業員の人件費を控除すべきであると主張する。しかし,パート従業員の担当する業務の具体的内容や被告製品1,14,15及び18の製造販売に関する従事状況は明らかではないから,控訴人コスメプロの主張する人件費が,これらの製品の製造販売に直接関連して追加的に必要となったということはできない。よって,上記人件費をこれらの製品の売上高から控除すべき経費とみるのは相当ではない。
b 外注の試験研究費
控訴人コスメプロは,外注の試験研究費として37万8880円を控除すべきであると主張するところ,乙B2の9②及び③に係る試験は平成26年11月に行われたものであり,同年12月に販売された被告製品18の防腐,防カビ試験に関するものであると認められる(弁論の全趣旨)。よって,上記試験に係る経費(合計3万8880円)は同製品の製造販売に直接関連して追加的に必要となったものといえるから,同製品の売上高から控除すべき経費に当たる。これに対し,その余の試験費(乙B2の9①に係るもの)はどの製品に係るものであるかも明らかではないから,その試験費が被告製品1,14,15及び18の製造販売に直接関連して追加的に必要となったということはできない。よって,この部分については,これらの製品の売上高から控除すべき経費とみるのは相当でない。
c 広告費等
控訴人コスメプロは,広告費を控除すべきであると主張する。しかし,乙B2の11の(1)~(4)によっても,展示会における控訴人コスメプロの展示内容やその中での被告製品1,14,15及び18の出品状況は明らかではないから,控訴人コスメプロの主張する広告費が,これらの製品の製造販売に直接関連して追加的に必要となったということはできない。よって,上記広告費をこれらの製品の売上高から控除すべき経費とみるのは相当ではない。
d 無償配布サンプル代及び展示会配布サンプル代
控訴人コスメプロは,サンプル代(原材料費,人件費,送料)を控除すべきであると主張する。しかし,乙B2の10及び12によっても,控訴人コスメプロが被告製品1,14,15及び18について,販売用の製品とは別にサンプルに係る経費を負担したことが明らかではないから,控訴人コスメプロの主張するサンプル代が,これらの製品の製造販売に直接関連して追加的に必要となったということはできない。よって,上記サンプル代をこれらの製品の売上高から控除すべき経費とみるのは相当ではない。
(エ) 控訴人アイリカの広告宣伝費(被告製品5)
控訴人アイリカは,広告宣伝費を控除すべきであると主張する。しかし,乙B8の7からは,被告製品5に関するものであるかが明らかではないから,控訴人アイリカの主張する広告宣伝費が,同製品の製造販売に直接関連して追加的に必要となったということはできない。よって,上記広告宣伝費を同製品の売上高から控除すべき経費とみるのは相当ではない。
(オ) 控訴人キアラマキアートの宣伝広告費(被告製品5)
控訴人キアラマキアートは,被告製品5についてのプロモーション代として108万9837円を支出したことが認められ(乙B8の4),これは同製品の製造販売に直接関連して追加的に必要となったものといえるから,同製品の売上高から控除すべき経費に当たる。
(カ) 控訴人ウインセンスの人件費(被告製品13)
控訴人ウインセンスは,被告製品13を専門に担当するパート従業員の人件費を控除すべきであると主張する。しかし,乙B18の7の⑲によっても,パート従業員の担当する業務の具体的内容や被告製品13の製造販売に関する従事状況は明らかではないから,控訴人ウインセンスの主張する人件費が,同製品の製造販売に直接関連して追加的に必要となったということはできない。よって,上記人件費を同製品の売上高から控除すべき経費とみるのは相当ではない。
(キ) 控訴人クリアノワールの経費(被告製品15)
a 在庫品等の仕入金額について
控訴人クリアノワールは,在庫品分及びサンプル分の仕入金額を控除すべきであると主張する。しかし,在庫品分の仕入金額は被告製品15の製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費ではないことは明らかであり,このことは,その性質上,仮処分申立事件の和解により販売を控えたかどうかなどの在庫品が生じた理由によって変わるものではない。また,控訴人クリアノワールが,サンプルを配布したことも,これが同製品の製造販売にどのように関連して追加的に必要となったかも明らかではないから,控訴人クリアノワールの主張するサンプル分の仕入金額が,同製品の製造販売に直接関連して追加的に必要となったということはできない。よって,控訴人クリアノワールの主張する上記仕入金額を,同製品の売上高から控除すべき経費とみるのは相当ではない。
b 宣伝広告費等
控訴人クリアノワールは,宣伝広告費及び交通費を控除すべきであると主張する。しかし,乙B20の3及び5によっても,控訴人クリアノワールの主張する支出が被告製品15に関連するものであることが明らかではないから,控訴人クリアノワールの主張する宣伝広告費及び交通費が,同製品の製造販売に直接関連して追加的に必要となったということはできない。よって,上記宣伝広告費及び交通費を同製品の売上高から控除すべき経費とみるのは相当ではない。」