サポート要件の適合性については、知財高裁大合議判決「偏光フィルムの製造法」事件(平成17年(行ケ)第10042号)が、「特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべき」と判断しており、その後、若干の揺れはあったものの、近時はこのメルクマールが実務上確立している。
そうであるところ、特に“数値限定(パラメータ)発明”において、又は、これに限らず、発明に含まれる全範囲について「当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる」必要があるかという点は常に問題となり得るところであり、これを必要であると厳格に捉えれば、サポート要件の適合性が否定されやすくなる。
この点については、発明の技術的意義、課題、作用効果と直接関係しない発明特定事項はサポート要件の判断を比較的柔軟に行うという考え方が見られるが(例えば、副次的な課題につきサポート要件を緩やかに認めた平成26年(行ケ)第10016号「マイクロ波利用のペプチド合成」事件<清水裁判長>、平成29年(行ケ)第10178号「経口投与用組成物のマーキング方法」事件<大鷹裁判長>等)、このような事例においては、当該発明特定事項が「当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる」か否かと直接関係ないため、サポート要件の適合性に対する影響が小さいという傾向は理解できる。
これに対し、特に“数値限定(パラメータ)発明”に多く見られるように、当該発明特定事項が発明の技術的意義、課題、作用効果と直接関係する場合には、全範囲について「当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる」必要があるかという論点がより重要となることが多い。
本判決は、全範囲について必要であるという枠組みを前提としてサポート要件について判断し、結論としてサポート要件違反と判断したものであるが、逆に、発明を合目的的に解釈して、発明の要旨を限定的に解釈するなどして、又は、一応数値範囲内であっても極端なところは課題を解決できると認識できなくても許容されると正面から述べる判決も存在する。
この論点については、各判決を統一的・整合的に説明することは困難であると思われるため、本判決を含めて、其々の類型の裁判例をリストアップして整理しておくことが有用であろうと考え、以下に整理したものを示すこととした。
なお、本判決は、「その数値範囲全体にわたり,セレコキシブの生物学的利用能が改善されると認識することはできない」と判示していることから、数値範囲の全体にわたり当該発明の課題を解決できると認識できる必要ありとしてサポート要件の適合性を否定した事例として分類したが、実質的な内容としては、パラメータ要件自体に疑問を呈したと理解することも可能である。
1.特許請求の範囲(【請求項1】)
「【請求項1】・・・10mg乃至1000mgの量の微粒子セレコキシブを含み,一つ以上の個別な固体の経口運搬可能な投与量単位を含む製薬組成物であって,粒子の最大長において,セレコキシブ粒子のD90が200μm未満である粒子サイズの分布を有する製薬組成物。」
2.本判決の抜粋
『 特許法36条6項1号は,特許請求の範囲の記載に際し,発明の詳細な説明に記載した発明の範囲を超えて記載してはならない旨を規定したものであり,その趣旨は,発明の詳細な説明に記載していない発明について特許請求の範囲に記載することになれば,公開されていない発明について独占的,排他的な権利を請求することになって妥当でないため,これを防止することにあるものと解される。そうすると,所定の数値範囲を発明特定事項に含む発明について,特許請求の範囲の記載が同号所定の要件(サポート要件)に適合するか否かは,当業者が,発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識から,当該発明に含まれる数値範囲の全体にわたり当該発明の課題を解決することができると認識できるか否かを検討して判断すべきものと解するのが相当である。
…難溶性薬物については,溶媒による濡れ性が劣る場合には,粒子径を小さくすると凝集が起こりやすくなり,有効表面積が小さくなる結果,溶解速度が遅くなることがあり,また,粒子を微小化することにより粉体の流動性が悪くなり凝集が起こりやすくなることがあることは周知又は技術常識であったことに照らすと,難溶性薬物であるセレコキシブについて,「セレコキシブのD90粒子サイズが約200μm以下」の構成とすることにより,セレコキシブの生物学的利用能が改善されることを直ちに理解することはできない。
また,本件明細書の記載を全体としてみても,粒子の最大長におけるセレコキシブ粒子の「D90」の値を用いて粒子サイズの分布を規定することの技術的意義や「D90」の値と生物学的利用能との関係について具体的に説明した記載はない。
しかるところ,「D90」は,粒子の累積個数が90%に達したときの粒子径の値をいうものであり,本件発明1の「D90が200μm未満である」とは,200μm以上の粒子の割合が10%を超えないように限定することを意味するものであるが,難溶性薬物の原薬の粒子径分布は,化合物によって様々な形態を採ること…に照らすと,200μm以上の粒子の割合を制限しさえすれば,90%の粒子の粒度分布がどのようなものであっても,生物学的利用能が改善されるとものと理解することはできない。
以上によれば,本件明細書の…記載から,「セレコキシブのD90粒子サイズが約200μm以下」とした場合には,その数値範囲全体にわたり,セレコキシブの生物学的利用能が改善されると認識することはできない。 』
3.サポート要件に関する関連裁判例の紹介
3-1.サポート要件に関する、特許権者不利な裁判例
(1)数値限定(パラメータ)発明~当該発明に含まれる数値範囲の全体にわたり当該発明の課題を解決することができると認識できる必要があるとして、サポート要件✕とされた裁判例
①平成29年(ワ)第13797号「気体溶解装置」事件<佐藤裁判長>
*数値限定発明は、数値の全範囲で課題を解決できると認識できる必要あり!!⇒サポート要件✕。
(判旨抜粋)『本件明細書等の上記記載によれば,本件訂正発明の課題である過飽和状態の安定的な維持のためには,過飽和の濃度が2.0ppmより大きいことを要すると解されるところ,管状路(細管)の長さについては,比較的長尺が好ましいとの記載が存するのみで,具体的にどのような長さであれば本件訂正発明の課題を解決することができるかは明らかではない。』
②平成30年(行ケ)第10110号、第10112号、第10155号「セレコキシブ組成物」<大鷹裁判長>
*数値限定発明は、数値の全範囲で課題を解決できると認識できる必要あり!!⇒サポート要件✕。
(判旨抜粋)『所定の数値範囲を発明特定事項に含む発明について,特許請求の範囲の記載が同号所定の要件(サポート要件)に適合するか否かは,当業者が,発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識から,当該発明に含まれる数値範囲の全体にわたり当該発明の課題を解決することができると認識できるか否かを検討して判断すべきものと解するのが相当である。』
③平成28年(行ケ)第10147号「…トマト含有飲料」事件<森裁判長>
*官能試験による実施例⇒サポート要件✕
*訂正要件〇/サポート要件✕
*数値範囲の下限でも課題を解決できると認識できない。
(判旨抜粋)『「甘み」,「酸味」及び「濃厚」という風味の評価試験をするに当たり,糖度,糖酸比及びグルタミン酸等含有量を変化させて,これら三つの要素の数値範囲と風味との関連を測定するに当たっては,少なくとも,①「甘み」,「酸味」及び「濃厚」の風味に見るべき影響を与えるのが,これら三つの要素のみである場合や,影響を与える要素はあるが,その条件をそろえる必要がない場合には,そのことを技術的に説明した上で上記三要素を変化させて風味評価試験をするか,②「甘み」,「酸味」及び「濃厚」の風味に見るべき影響を与える要素は上記三つ以外にも存在し,その条件をそろえる必要がないとはいえない場合には,当該他の要素を一定にした上で上記三要素の含有量を変化させて風味評価試験をするという方法がとられるべきである。』
④平成28年(行ケ)第10042号「潤滑油組成物」事件<高部裁判長>
*発明の課題を限定的に認定した。
*数値範囲の下限でも課題を解決できないとサポート要件✕。
Cf.H26(行ケ)10254は逆
(判旨抜粋)『「本発明に係る潤滑油基油成分」の基油全量基準の含有割合が少なく,特許請求の範囲に記載された「基油全量基準で10質量%~100質量%」という数値範囲の下限値により近いような「潤滑油基油」であっても,本願発明の課題を解決できることを示す,本願の出願当時の技術常識の存在を認めるに足りる証拠はない。』
⑤平成26年(行ケ)第10155号「減塩醤油類」事件≪二次判決≫<清水裁判長>
⇒H23(行ケ)10254≪一次判決≫<滝澤裁判長>は、同一特許がサポート要件〇であった。
*課題を限定的に認定した。⇒サポート✕(カリウム添加による塩味補完メカニズムが判っていたが✕。)
(判旨抜粋)『本件明細書には,調味料や酸味料を含まずに食塩濃度を9w/w%から減少させたときの塩味の評価については何ら示されていないし,食塩濃度が7w/w%の場合において,どの程度のカリウムを加えれば塩味の指標が3以上となり,かつ,苦みも3以下となるかということについて,予測する手がかりとなる記載も,また,それに関する技術常識もないから,上限値のカリウム濃度は,2w/w%分の塩分濃度の減少を補うに足りるか,その場合の苦みはどうなるか不明というほかない。』
(2)数値限定(パラメータ)発明以外~当該発明に含まれる発明の全体にわたり当該発明の課題を解決することができると認識できる必要があるとして、サポート要件✕とされた裁判例
①平成30年(行ケ)第10073号「インクカートリッジICチップ」事件<森裁判長>
*クレーム文言中に、発明の課題を解決できない構成も含まれている。
(判旨抜粋)『実施例(【0020】,【0024】,【0084】~【0091】)に該当するものについては,本願発明1の課題を解決できると認識するが,本願発明1のうち,その余の構成のものについては,本願発明1の課題を解決できると認識することはできない…。』
②平成29年(行ケ)第10200号「回転数適応型の動吸振器を備えた力伝達装置」事件<鶴岡裁判長>
*クレーム文言中に、発明の課題を解決できない構成も含まれている。
(判旨抜粋)『本件明細書の発明の詳細な説明には,…ことが示され,この記載の対応する限度では,当業者は,本件発明の課題…を解決できるものと認識できる…。しかし,…特許請求の範囲には,次数オフセットqFについての具体的な設定の手法等を特定する記載はなく,…任意に設定された次数オフセットqFだけ高い次数値への次数オフセットをする場合も含まれるというべきであるが,このような任意に設定した次数オフセットqFをとった場合については,本件明細書の記載から当業者が本件発明の課題を解決できるものと認識できるとはいえない。』
③平成28年(行ケ)第10064号「ポリビニルアルコール系重合体フィルム」事件<森裁判長>
*発明の物質であれば種類を問わず課題を解決できると認識不可。
(判旨抜粋)『本件訂正発明1の「ノニオン系界面活性剤(B)」であれば,その種類を問わず,ノニオン系界面活性剤の含有量の数値範囲を「0.001~1質量部」とし,PVA系重合体フィルムのpHの数値範囲を「2.0~6.8」とすることにより,常温長期保管時の黄変を抑制し得るPVA系重合体フィルムを提供するという本件訂正発明1の課題が解決できることを認識することができるとは認められない。』
④平成20年(行ケ)第10357号「レベルシフタ」事件
*クレームに含まれる態様の一つにつき、当業者が本件課題が解決されたと認識する記載が無い⇒サポート要件違反。
(判旨抜粋)『…他方,近接配置された本願発明については,当業者において上記課題が解決されるものと認識することができることを窺わせる記載は…発明の詳細な説明に何ら存在せず…。』
⑤平成28年(ワ)第25956号、平成29年(ワ)第27366号「磁気記録媒体」事件(SONYv.富士FILM)」<柴田裁判長>
<訂正前のクレームについて>
(判旨抜粋)『式(1)には,Hc×(1+0.5×SFD)の値の上限値がないところ,実施例で示されているのは前記の範囲であって,その値が実施例で示されたものよりも大きくなった場合などを含めた,式(1)の関係が満たされることとなる場合において,当業者が,前記の課題を解決できると認識できたとはいえない…。』
<訂正後のクレーム(保持力Hcを210以上,221以下とした)について>
(判旨抜粋)『式(1)について,磁気記録媒体の技術分野で広く知られている式であることを認めるに足りる証拠はなく,本件明細書において,式(1)の意義に関する記載はない。…原告の主張は,式(1)の意義に関して,オーバーカレント状態において,磁性粒子自体のHcのばらつきが大きくなることによって,そのばらつきが大きくない場合に比べ,再生出力が大きくなり記録電流値の裕度が大きくなることをいうものといえるが,本件明細書にそのことを述べる記載がなく,また,本件出願当時,当業者にとってそのことが技術常識であったことを認めるに足りる証拠はない。』
(3)発明を形式的に解釈し、当該発明に含まれる発明の全体にわたり当該発明の課題を解決することができると認識できる必要があるとして、サポート要件✕とされた裁判例
①平成27年(行ケ)第10231号「黒ショウガ成分含有組成物」事件<鶴岡裁判長>
*懸濁状態でなく、被覆状態とすることが、課題解決手段。
⇒表面の僅かな部分を被覆した態様では、課題解決できない。
⇒その後、「全部」被覆に限定して、サポート要件〇 となった(H29(行ケ)10212<鶴岡裁判長>)。
(判旨抜粋)『本件発明には,「黒ショウガ成分を含有する粒子」の表面の僅かな部分を「油脂を含むコート剤」で被覆した態様が包含されているといえるのであるから,このような態様についてのサポート要件を検討することが不当であるとはいえない…。』
(4)サポート要件に関する、特許権者に不利なその他の裁判例(サポート要件✕)
①平成27年(行ケ)第10026号「回転角検出装置」事件≪二次判決≫<清水裁判長>
*課題が認識し得ない構成を一般的に含む⇒サポート要件違反(機械分野では珍しい)。
*同一特許についてのH29(行ケ)10073同旨。
(判旨抜粋)『訂正発明1の特許請求の範囲の特定では,訂正発明1の前提とする課題である「熱変形により縦長形状のカバーの長手方向が短尺方向に比べて寸法変化(位置ずれ)が大きくなること」に直面するか否かが不明であり,結局,上記課題自体を有するものであるか不明である。』
3-2.サポート要件に関する、特許権者有利な裁判例
(1)数値限定(パラメータ)発明~当該発明に含まれる数値範囲の全体にわたり当該発明の課題を解決することができると認識できる必要はないとして、サポート要件〇とされた裁判例
①平成26年(行ケ)第10254号<高部裁判長>
*下限値付近で効果がない場合があっても、サポート要件〇、Cf.H28(行ケ)10042は逆、
*実施可能要件〇、*明確性要件〇
(判旨抜粋)『原告は,本件発明1がその特許請求の範囲の全領域において,全ての青果物について良好な鮮度保持効果を有するとはいえないことの根拠として,原告の行った実験結果…を挙げる。しかし,このうち,甲13,22及び23の実験は,それぞれ本件発明1の「青果物100gあたりの切れ込みの長さの合計が0.08mm以上17mm以下である」構成の下限値付近の実験例1例を示すものにすぎず,これらの実験結果をもって,前記…の認定を左右するに足りない…。』
②平成23年(行ケ)第10254号「減塩醤油類」事件≪一次判決≫<滝澤裁判長>
*数値範囲の極限で課題解決出来なくてもOK。
*一つのパラメータの下限付近のとき他方は上限付近であると当業者が理解するとして、サポート要件〇、*実施可能要件もOK。
⇒H26(行ケ)10155≪二次判決≫<清水裁判長>は、同一特許サポート要件✕~実施例から塩味のメカニズムを理解できるかの認定が結論を分けた。
(判旨抜粋)『本件明細書に接した当業者は,本件特許の優先権主張日当時の技術常識に照らして,食塩濃度が本件発明で特定される範囲の下限値の7w/w%の減塩醤油の場合,カリウム濃度を本件発明で特定される範囲の上限値近くにすることにより,塩味をより強く感じる減塩醤油とするものであることから,特許請求の範囲において特定された数値範囲の極限において発明の課題を解決できない場合があるとしても,本件発明がサポート要件を満たさないということは適切ではない。』
(2)数値限定(パラメータ)発明以外~当該発明に含まれる発明の全体にわたり当該発明の課題を解決することができると認識できる必要はないとして、サポート要件〇とされた裁判例
①平成23年(行ケ)第10010号「ヒートポンプ式冷暖房機」事件
*全ての条件で効果を奏する必要はない。
(判旨抜粋)『一般に,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された実施例とは異なる条件で実施された場合にあっては,発明の詳細な説明に記載された効果を奏しないことがあることは想定されるのであって,全ての設計条件,環境条件の下で常にその効果が奏するものでないからといって,発明の詳細な説明には,当業者において,特許請求の範囲に記載された発明の課題が解決されるものと認識し得る程度の記載がないとして,サポート要件が否定されるべきものとはいえない。』
(3)発明を合目的的に限定的に解釈し、課題を解決できない部分は、当該限定的に解釈された発明には含まれないとして、サポート要件〇とされた裁判例
①平成29年(行ケ)第10225号<大鷹裁判長>「PCSK9に対する抗原結合タンパク質」事件(アムジエンv.サノフィ)
*機能的に表現された抗体の発明(リーチスルークレーム?)のサポート要件〇
⇒実施可能要件も〇、進歩性も〇
=H29(行ケ)10226、=H29(ワ)16468
(判旨抜粋)『参照抗体と「競合する」抗体であれば,PCSK9とLDLRとの結合を中和するものといえないとしても,本件訂正発明1は「PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ」る抗体であることを発明特定事項とするものであるから,そのことは,上記認定を左右するものではない。』
②平成30年(行ケ)第10041号「地殻様組成体の製造方法」事件<鶴岡裁判長>
*発明を限定解釈し、課題を解決できない構成が含まれないとした⇒サポート要件〇。
(判旨抜粋)『本願明細書の記載に鑑みれば,…セシウムとストロンチウムの両者を同時に放射性物質として含む場合には,セシウム及びストロンチウムの気化温度未満で汚染材を焼成,すなわち,両者の気化温度に共通する部分となる(より低い気化温度である)セシウムの気化温度未満で焼成するものと解するのが自然である。』
③東京地裁平成29年(ワ)第18184号「骨切術用開大器」事件<佐藤裁判長>
*発明を限定解釈し、課題を解決できない構成が含まれないとした⇒サポート要件〇。
⇒控訴審・知財高裁H31(ネ)10005は文言充足とした。
(判旨抜粋)『本件発明は,「一方の開閉機構のみを操作することにより,2対の揺動部材を同時に開いていくことが可能となり,切込みの拡大作業を容易にすることができる」(本件明細書等の段落【0007】)という作用効果を奏するものであり,この点に技術的意義を有する。被告が作成した樹脂モデル(乙7)のように,揺動部材2の下側揺動部にのみ突起を設けたものは,揺動部材1に係合せず,2対の揺動部材を同時に開くことができないので,本件発明の技術的範囲に属さないというべきである。したがって,被告主張はその前提を欠き,採用できない。』
④平成29年(行ケ)第10113号「…発泡性組成物」事件<鶴岡裁判長>
*数値範囲の上限がクレームアップされていないが、事実上の上限値を想定できた。
(判旨抜粋)『本件発明1は,アルコール,bis-PEG-[10-20]ジメチコーン又はbis-PEG-[10-20]ジメチコーンの混合物及び水のほかに,第二の界面活性剤や泡安定剤を含有し得るものである。そうすると,本件発明1においては,…アルコールの濃度に事実上の上限値が想定されているというべきである。』
(4)サポート要件に関する、特許権者に有利なその他の裁判例(サポート要件〇)
①平成30年(行ケ)第10093号「極めて高い機械的特性値をもつ成形部品を被覆圧延鋼板,特に被覆熱間圧延鋼板の帯材から型打ちによって製造する方法」事件≪二次判決≫<森裁判長>
*サポート要件の詳細な当て嵌め事例
*構成として存在することが証拠上明らかである範囲で課題解決できると認識できればサポート要件〇、*実施可能要件も〇
*前訴で判断されなかったサポート要件・実施可能要件違反の理由付けを判断した事例
(判旨抜粋)『本件ではアルミニウムとニッケル以外の金属が亜鉛-鉄と3元系以上の金属間化合物を形成するかどうかは証拠上必ずしも明らかとなっていないのであるから,鉄,アルミニウム及びニッケル以外の金属元素と亜鉛からなる「亜鉛ベースの金属間化合物」の被覆が熱処理により3元系以上の亜鉛-鉄ベース金属化合物又は亜鉛-鉄-アルミニウムベースの金属間化合物を生じさせて本件発明の課題を解決することを被告が積極的に主張立証していないとしてもサポート要件が充足されなくなるものではない。』
<本件発明1のサポート要件の適合性について>
ア 特許法36条6項1号は,特許請求の範囲の記載に際し,発明の詳細な説明に記載した発明の範囲を超えて記載してはならない旨を規定したものであり,その趣旨は,発明の詳細な説明に記載していない発明について特許請求の範囲に記載することになれば,公開されていない発明について独占的,排他的な権利を請求することになって妥当でないため,これを防止することにあるものと解される。
そうすると,所定の数値範囲を発明特定事項に含む発明について,特許請求の範囲の記載が同号所定の要件(サポート要件)に適合するか否かは,当業者が,発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識から,当該発明に含まれる数値範囲の全体にわたり当該発明の課題を解決することができると認識できるか否かを検討して判断すべきものと解するのが相当である。
これを本件発明1についてみると,本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)の記載によれば,本件発明1は,「一つ以上の薬剤的に許容な賦形剤と密に混合させた10mg乃至1000mgの量の微粒子セレコキシブ」を含む「固体の経口運搬可能な投与量単位を含む製薬組成物」に関する発明であって,「粒子の最大長において,セレコキシブ粒子のD90が200μm未満である粒子サイズの分布を有する」ことを特徴とするものであるから,所定の数値範囲を発明特定事項に含む発明であるといえる。
そして,前記1(2)の本件明細書の開示事項によれば,本件発明1は,未調合のセレコキシブに対して生物学的利用能が改善された固体の経口運搬可能なセレコキシブ粒子を含む製薬組成物を提供することを課題とするものであると認められる。
イ(ア) 本件明細書の発明の詳細な説明には,セレコキシブの生物学的利用能に関し,「発明の組成物は,粒子の最長の大きさで,粒子のD90が約200μm以下,好ましくは約100μm以下,より好ましくは75μm以下,さらに好ましくは約40μm以下,最も好ましくは約25μm以下であるように,セレコキシブの粒子分布を有する。通常,本発明の上記実施例によるセレコキシブの粒子サイズの減少により,セレコキシブの生物学的利用能が改良される。」(【0022】),「カプセル若しくは錠剤の形で経口投与されると,セレコキシブ粒子サイズの減少により,セレコキシブの生物学的利用能が改善されるを発見した。したがって,セレコキシブのD90粒子サイズは約200μm以下,好ましくは約100μm以下,より好ましくは約75μm以下,さらに好ましくは約40μm以下,最も好ましくは25μm以下である。例えば,例11に例示するように,出発材料のセレコキシブのD90粒子サイズを約60μmから約30μmに減少させると,組成物の生物学的利用能は非常に改善される。加えて又はあるいは,セレコキシブは約1μmから約10μmであり,好ましくは約5μmから約7μmの範囲の平均粒子サイズを有する。」(【0124】),「湿式顆粒化過程にて,(必要ならば,一つ又はそれ以上のキャリア材料とともに)セレコキシブは先ず粉砕される若しくは所望の粒子サイズに微細化される。さまざまな粉砕器若しくは破砕器が利用することが可能であるが,セレコキシブのピンミリングのような衝撃粉砕により,他のタイプの粉砕と比較して,最終組成物に改善されたブレンド均一性がもたらせる。例えば,液体窒素を利用してセレコキシブを冷却することは,セレコキシブを不必要な温度へ加熱させることを回避するために,粉砕中に必要なことである。前記にて議論したように,上記粉砕工程中にD90粒子サイズを約200μm以下,好ましくは約100μm以下,より好ましくは約75μm以下,さらに好ましくは約40μm以下,最も好ましくは約25μm以下に小さくすることは,セレコキシブの生物学的利用能を増加させるためには重要である。」(【0135】)との記載がある。これらの記載は,未調合のセレコキシブを粉砕し,「セレコキシブのD90粒子サイズが約200μm以下」とした場合には,セレコキシブの生物学的利用能が改善されること,セレコキシブのピンミリングのような衝撃粉砕により,他のタイプの粉砕と比較して,最終組成物に改善されたブレンド均一性がもたらせることを示したものといえる。
一方で,①本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)には,「粒子の最大長において,セレコキシブ粒子のD90が200μm未満である粒子サイズの分布を有する」構成とする具体的な方法を規定した記載はなく,本件発明1の「微粒子セレコキシブ」が「ピンミリングのような衝撃粉砕」により粉砕されたものに限定する旨の記載もないこと,かえって,本件明細書の【0135】には,セレコキシブの微細化に関し,「さまざなま粉砕器若しくは破砕器が利用することが可能である」との記載があること,②本件明細書の【0008】には「セレコキシブは,水溶性媒体には異常なほど溶解しない。例えば,カプセル形態で経口投与させた場合,未調合のセレコキシブは胃腸管にて急速に吸収されるために,容易には溶解せず,分散もしない。加えて,長く凝集した針を形成する傾向を有する結晶形態を有する未調合のセレコシブは,通常,錠剤成形ダイでの圧縮の際に,融合して一枚岩の塊になる。他の物質とブレンドさせたときでも,セレコキシブの結晶は,他の物質から分離する傾向があり,組成物の混合中にセレコキシブ同士で凝集し,セレコキシブの不必要な大きな塊を含有する,非均一なブレンド組成物になる。」との記載があること,③本件優先日当時,粉砕によって薬物の粒子径を小さくし,比表面積(有効表面積)を増大させることにより,薬物の溶出が改善されるが,他方で,難溶性薬物については,溶媒による濡れ性が劣る場合には,粒子径を小さくすると凝集が起こりやすくなり,有効表面積が小さくなる結果,溶解速度が遅くなることがあり,また,粒子を微小化することにより粉体の流動性が悪くなり凝集が起こりやすくなることがあることは周知又は技術常識であったことに照らすと,難溶性薬物であるセレコキシブについて,「セレコキシブのD90粒子サイズが約200μm以下」の構成とすることにより,セレコキシブの生物学的利用能が改善されることを直ちに理解することはできない。また,本件明細書の記載を全体としてみても,粒子の最大長におけるセレコキシブ粒子の「D90」の値を用いて粒子サイズの分布を規定することの技術的意義や「D90」の値と生物学的利用能との関係について具体的に説明した記載はない。
しかるところ,「D90」は,粒子の累積個数が90%に達したときの粒子径の値をいうものであり,本件発明1の「D90が200μm未満である」とは,200μm以上の粒子の割合が10%を超えないように限定することを意味するものであるが,難溶性薬物の原薬の粒子径分布は,化合物によって様々な形態を採ること(甲イ72)に照らすと,200μm以上の粒子の割合を制限しさえすれば,90%の粒子の粒度分布がどのようなものであっても,生物学的利用能が改善されるとものと理解することはできない。
以上によれば,本件明細書の【0022】,【0124】及び【0135】の上記記載から,「セレコキシブのD90粒子サイズが約200μm以下」とした場合には,その数値範囲全体にわたり,セレコキシブの生物学的利用能が改善されると認識することはできない。
(イ) この点に関し被告は,①本件発明1の課題解決のメカニズムは,セレコキシブの粒子の最大長におけるD90が200μm未満とされることにより,元来凝集しやすい性質のセレコキシブの凝集性が減少し,その結果セレコキシブ粒子の有効表面積が増大することにより溶解速度が速くなり,セレコキシブの生物学的利用能が改善するものである,②ピンミルを利用した場合には,セレコキシブは長い針状から微小化した均一な粒子になるのに対して,エアージェットミルを利用した場合には長い針状の結晶が残存するためピンミルを利用して粉砕した場合と比較して,液体エネルギーミルで粉砕した場合は凝集力が改善されにくいこと(本件明細書の【0024】)から,単にセレコキシブの粒子を微細化して平均粒子径を小さくすればよいというのではなく,微細化した粒子中に残存する長い針状の結晶の割合こそが重要であり,その割合が限定されなければならないということを見出し,本件発明1では,微細化した粒子中に残存する粒子の最大長のD90を基準として用いることとした,③セレコキシブ粒子の最大長におけるD90が200μm未満である場合に,生物学的利用能が改善されるメカニズムが,本件明細書の記載(【0167】,【0172】ないし【0177】,【0183】ないし【0186】,【0205】,表11-2C,表11-2D)から確認できる,④平均粒子サイズが1μmや10~20μmになるように調製された粒子のD90が200μm未満となることは,別紙2-1及び別紙2-2の粒子分布図から理解できる旨主張する。
しかしながら,被告が指摘する本件明細書の上記記載中には,粒子の最大長におけるセレコキシブ粒子の「D90」の値を用いて粒子サイズの分布を規定することの技術的意義や「D90」の値と生物学的利用能との関係について説明した記載はない。
また,前記(ア)で述べたように,本件発明1の「微粒子セレコキシブ」が「ピンミル」(「ピンミリング」)を利用して粉砕されたものに限定されるものではないから,「ピンミル」を利用することを前提として,セレコキシブ粒子の最大長におけるD90が200μm未満である場合に生物学的利用能が改善されるメカニズムを把握することはできない。
さらに,被告は,別紙2-1及び別紙2-2について,D90が200μmの平均粒子径は,別紙2-1の山型の分布図のおよそ中央の値(青線)となり,平均粒子サイズ(青線)はその中央値であるおよそ100μmとなる,平均粒子サイズが1μmや10~20μmの場合に,別紙2-2のとおり,山型の分布が全体的に粒子径の小さい(左)方向にスライドすることになるので,これらのD90は200μmより小さい値となる旨述べるが,難溶性薬物の原薬の粒子径分布は,化合物によって様々な形態をとること(甲イ72)は,前記(ア)のとおりであって,例えば,甲イ72の図⑧(「D90値●●●●●μm」。別紙3)のような粒子径分布をとる場合があることに照らすと,D90が200μm未満の場合の粒度分布は,必ずしも被告の主張するような粒度分布になるものとはいえない。
したがって,被告の上記主張は理由がない。
(ウ) また,被告は,セレコキシブ粒子の最大長におけるD90が200μm未満である場合に生物学的利用能が改善されるメカニズムは,本件明細書の記載から理解できるものであり,この理解に誤りがないことは,未粉砕のセレコキシブと比較して,D90が200μmのセレコキシブの生物学的利用能が改善することを示す追加の試験結果(乙10)からも確認することができる旨主張する。
そこで検討するに,乙10には,未粉砕のセレコキシブ(D90=669μm)を含有するセレコキシブカプセル(以下「未粉砕カプセル」という。)とピンミルにより粉砕されて微小化したセレコキシブ(D90=196μm)を含有するセレコキシブカプセル(セレコキシブ25%,ラウリル硫酸ナトリウム2%,「アビセルPH-101」73%を含有するもの。以下「196μmカプセル」という。)を「ビーグルイヌ」に投与して,生物学的利用能を測定したこと,その結果,生物学的利用能は,未粉砕カプセルが16.1%であったのに対し,196μmカプセルは32.1%であり,196μmカプセルが2.0倍に向上した旨の記載がある。
一方で,本件明細書には,「セレコキシブは水溶液にかなり溶解しにくい。したがって,本発明の製薬組成物は,任意であるが,好ましくは,キャリア材料として,一つ又はそれ以上の薬剤学的に許容な加湿剤を含む。かかる加湿剤は,水と親和性があるようにセレコキシブを維持させるように選択することが好ましく,その状態が製薬組成物の相対的生物学的利用能を改善させると考えられる。」(【0075】),「ラウリル硫酸ナトリウムは好ましい加湿剤である。存在するならば,ラウリル硫酸ナトリウムは,組成物の全重量の対して,約0.25%から約7%,好ましくは約0.4%から約6%,より好ましくは約0.5%から約5%の量を含む。」(【0076】)との記載があること,疎水性の難溶性物質であっても,界面活性剤が存在すると,微粒子は凝集せずに均一に溶液中に分散され,粒子サイズが小さいほど溶出速度は大きくなることは,本件優先日当時,周知又は技術常識であったこと(前記2(2))に照らすと,196μmカプセルに加湿剤として含まれるラウリル硫酸ナトリウムが,196μmカプセルの生物学的利用能の試験結果に影響した可能性が高いものと認められる。
また,196μmカプセルを調合するに当たり,ピンミルで粉砕し微小化しているが,前記(ア)で述べたように,本件発明1の「微粒子セレコキシブ」が「ピンミル」を利用して粉砕されたものに限定されるものではない。
したがって,乙1の試験結果から,セレコキシブ粒子の最大長におけるD90が200μm未満である場合に生物学的利用能が改善されるメカニズムを認識することはできないから,被告の上記主張は採用することができない。
ウ(ア) 本件明細書には,「例11」として「犬モデルでの生物学的利用能」の実験結果及び「例11-2」として「犬モデルでの調合の生物学的利用能」の実験結果の記載(【0170】ないし【0177】,表11-1,11-2A,11-2B,11-2C,11-2D)がある。例11及び例11-2には,メス犬及びオス犬をモデルとして,セレコキシブの静脈注射による投与,セレコキシブの経口溶液形態の投与,経口カプセルによる未粉砕,未調合のセレコキシブの投与により,それぞれの生物学的利用能を測定したこと,「組成物A」ないし「組成物F」についての生物学的利用能について測定した結果,メス犬については,「組成物A」(微粉化したセレコキシブ,ラウリル硫酸ナトリウム,「アビセル101」を含むカプセル)は31.2%,「組成物B」(微粉化したセレコキシブ,ラウリル硫酸ナトリウム,「アビセル101」,リン酸三ナトリウム12水和物(Na3PO4・12H2O)を含むカプセル)は24.9%,「組成物F」(未粉砕,未調合のセレコキシブ)は16.9%であったこと(表11-2C),オス犬については,「組成物A」は49.4%,「組成物B」は54.2%,「組成物F」は16.9%であったこと(表11-2D)であることの記載がある。これらの記載は,微粉化したセレコキシブを含有する「組成物A」及び「組成物B」の生物学的利用能は,未粉砕,未調合のセレコキシブである「組成物F」の生物学的利用能より高いことを示している。
しかるところ,本件明細書の【0172】には,「組成物A」は,調合する前にセレコキシブを「微粉化(平均粒子サイズ10乃至20μm)」させたことが記載されているが,セレコキシブのD90粒子サイズについての明示の記載はないところ,【0124】に「例えば,例11に例示するように,出発材料のセレコキシブのD90粒子サイズを約60μmから約30μmに減少させると,組成物の生物学的利用能は非常に改善される。」とのの記載があることを参酌すると,「組成物A」に含まれるセレコキシブのD90粒子サイズは,約30μmであると推認される。また,「組成物B」についても,これと同様である。
一方で,「組成物A」及び「組成物B」は,乾燥重量を基礎とした重量割合で,それぞれ2%及び25%のラウリル硫酸ナトリウムが含まれていること(表11-2A)からすると,前記イ(ウ)で述べたのと同様に,本件明細書の【0075】及び【0076】の記載及び本件優先日当時の技術常識(前記2(2))に照らすと,「組成物A」及び「組成物B」に加湿剤として含まれるラウリル硫酸ナトリウムが,生物学的利用能の実験結果に影響した可能性が高いものと認められる。
そうすると,セレコキシブ粒子のD90が約30μmである「組成物A」及び「組成物B」の生物学的利用能の実験結果から,本件発明1の「セレコキシブ粒子のD90が200μm未満」の数値範囲の全体にわたり,未調合のセレコキシブに対して生物学的利用能が改善するものと認識することはできない。
(イ) これに対し被告は,本件明細書には,表11-2Aの「組成物A」にはラウリル硫酸ナトリウムが含まれているが,「組成物A」で評価しているのはセレコキシブの微粉化の効果であり,「組成物B」で評価しているのはラウリル硫酸ナトリウムによる湿潤剤増加の効果であることが明記されていること(【0172】),25%のラウリル硫酸ナトリウムを含む「組成物B」の生物学的利用能は,ラウリル硫酸ナトリウムを2%しか含まない「組成物A」と比較して,低い(メス犬につき表11-2C)か同程度(オス犬につき表11-2D)であることからすると,生物学的利用能の改善効果は,ラウリル硫酸ナトリウムによるものではなく,セレコキシブの微粉化によりもたらされていることを理解できる旨主張する。しかしながら,本件明細書には,好ましい加湿剤とされるラウリル硫酸ナトリウムは,組成物の全重量に対して,約0.25%から約7%,好ましくは約0.4%から約6%,より好ましくは約0.5%から約5%の量を含むと記載されていること(【0076】)に照らすと,「組成物A」は,好ましい量とされる2%のラウリル硫酸ナトリウムを含むのに対し,「組成物B」には好ましいとされる量をはるかに超える25%ものラウリル硫酸ナトリウムが含むものであるから,「組成物B」が「組成物A」と比較して生物学的利用能が同等かやや低い結果であったからといって,生物学的利用能の改善効果は,ラウリル硫酸ナトリウムによるものではなく,セレコキシブの微粉化によりもたらされているものと認識することはできない。
したがって,被告の上記主張は,理由がない。
エ(ア) 本件明細書には,「例13」として,懸濁液と連続した小さなスクリーンサイズ(#14,#20,#40)を備えた振動ミルを介して何回も粉砕したセレコキシブ粒子のD90粒子サイズが37μm以下のカプセルを用いた相対的生物学的利用能(AUC(0-48))の実験結果の記載(【0184】ないし【0186】,表13B)がある。例13には,D90粒子サイズが37μm以下の粒子サイズのセレコキシブを含む100mg単位投与量カプセルと14C‐セレコキシブの懸濁液プロファイルを用いて,「健康なオス」を被験者として実験した結果,「AUC(0-48)にて測定した生物学的利用能」は,D90の粒子サイズが約37μm以下のセレコキシブ粒子を含む100mg単位量のカプセルは,セレコキシブを含む懸濁液と同等であった旨の記載(【0185】,【0186】)がある。
しかしながら,例13には,懸濁液に含まれるセレコキシブの粒子サイズの記載はなく,その粒子サイズは不明であることに照らすと,セレコキシブ粒子のD90が約37μm以下である上記実験結果から,本件発明1の「セレコキシブ粒子のD90が200μm未満」の数値範囲の全体にわたり,未調合のセレコキシブに対して生物学的利用能が改善するものと認識することはできない。
(イ) これに対し被告は,本件明細書の例13において,同一の被験者に例11-2と同様の方法で調製されたと考えられる懸濁液(粒子サイズは約1μm径)とD90粒子サイズが約37μm以下であるカプセル剤が投与されたときにそれぞれのAUC(0-48)が同等であったことが確認されており,D90の粒子サイズが37μmのときですら1μmと同様の効果を奏することから,当業者は,D90の粒子サイズが37μm以上のセレコキシブであっても,420μmより大きいサイズの粒子サイズが含まれる未粉砕のセレコキシブの生物学的利用能と比較すると改善された生物学的利用能を奏することは高い蓋然性をもって予測することができる旨主張する。
しかしながら,例11の懸濁液は,「(2) 粒子が顕微鏡で評価した際に約1μm径になるまで,ポリソルベート80とポリビニルピロリドンのスラリーにて,薬をボールミルさせて,懸濁液として調製した」もの(【0173】)であるのに対し,例13の懸濁液は,「5%のポリソルベート80を含むエタノールにセレコキシブを溶解させて調製し」たもの(【0185】)であって,懸濁液の調製方法が異なるから,例13の懸濁液の粒子サイズは「約1μm径」であるとの被告の主張は,その前提を欠くものである。
また,本件明細書には,例13で調製されたカプセルのセレコキシブ粒子は,「セレコキシブ,ラクトース及びポリビニルピロリドンを遊星型ミキサーボールにて混合し,水を用いて湿式顆粒化させた」もの(【0184】)であるとの記載があること,「ポリビニルピロリドンは,セレコキシブ調合の顆粒化のため,セレコキシブパウダーブレンド及び他の賦形剤に凝集性を与えるために利用される,好ましい結着剤である。」,「ポリビニルピロリドンにより,パウダーブレンドに凝集力が付与され,必要な結合が容易に起こり,湿式顆粒化中に顆粒を形成させる。」,「ポリビニルピロリドンを含む本発明の組成物は,特に湿式顆粒化により調製され,他の組成物に対して相対的に改善された生物学的利用能を示すことが判明した。」(【0074】)との記載があることに照らすと,例13で調製されたカプセルのセレコキシブ粒子の生物学的利用能は,ポリビニルピロリドンを利用した湿式顆粒化により改善された蓋然性があるものと認識することができる。
したがって,被告の上記主張は理由がない。
オ 次に,本件明細書の「例15」には,「100mg投与量のカプセルの調製」のための粉砕方法として,「粒子サイズを比較的狭い範囲(D90が30μm若しくはそれ以下)内で変化し」(【0190】)との記載があるが,この実験結果は,セレコキシブの生物学的利用能に関するものではない。
このほか,本件明細書には,セレコキシブ粒子のD90の粒子サイズと生物学的利用能に関する実験結果の開示はない。
カ 以上によれば,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件優先日当時の技術常識から,当業者が,本件発明1に含まれる「粒子の最大長において,セレコキシブ粒子のD90が200μm未満」の数値範囲の全体にわたり本件発明1の課題を解決できると認識できるものと認められないから,本件発明1は,サポート要件に適合するものと認めることはできない。これと異なる本件審決の判断は誤りである。
原告(無効審判請求人):東和薬品株式会社
被告(特許権者):日本ケミファ株式会社
(Keywords)特許、サポート要件、数値限定、パラメータ、全範囲、ケミファ、東和薬品、セレコキシブ、偏光フィルム、課題、解決、粒子サイズ、D90、累積個数、90%
執筆:高石秀樹(弁護士・弁理士)(特許ニュース令和2年3月3日の原稿を追記・修正したものです。)
監修:吉田和彦(弁護士・弁理士)
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